京都地方裁判所 昭和47年(行ウ)121号 判決 1980年6月06日
原告 川辺尚 外四七名
被告 京都西郵便局長
訴訟代理人 稲垣喬 小林敬 西村省三 森野満夫 信田尚志 外七名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和四四年六月二一日付でなした別紙当事者目録(一)記載の原告川辺尚に対する減給一〇月間俸給の月額一〇分の一の懲戒処分、同年五月一〇日付でなした同目録(二)ないし(四七)記載の各原告に対する減給一月間俸給の月額一〇分の一の懲戒処分及び同目録(四八)記載の原告谷本岩夫に対する戒告の懲戒処分をいずれも取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、いずれも国と労働契約を締結し郵政省事業場に勤務する労働者で、全逓信労働組合(以下「全逓」という。)洛西支部(以下「洛西支部」という。)の組合員であり、被告は原告らに対する国家公務員法上の任命権者であつた。
2 被告は、原告らに対し、昭和四四年六月二一日付及び同年五月一〇日付で請求の趣旨記載のとおりの懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)をしたが、その理由は、別紙当事者目録(二)ないし(四八)記載の原告らについては、全逓が昭和四四年四月二四日指令した賃金値上げなどを目的とするストライキ(以下「本件スト」ともいう。)にそれぞれ参加し、その勤務場所において労務の提供を拒否したこと、同目録(一)記載の原告については、右ストライキに際し多数の組合員を指導してこれを実施するなどしたことにあつた。
3 しかしながら、本件懲戒処分は、以下の事由があるので取消されるべきである。
(公労法一七条の違憲性)
(一) 被告のなした本件懲戒処分はいずれも原告らの争議行為を理由とするが、郵政職員である原告らの争議行為を全面的に禁止した公共企業体等労働関係法(昭和四六年法律第一一七号による改正前のもの、以下「公労法」という。)一七条は、憲法二八条の労働基本権の保障の規定に違反し無効であるから、本件懲戒処分は違法である。
(公労法一七条の非該当性)
(二) 仮に、公労法一七条が、国民生活全体の保障の見地から国民生活に重大な障害をもたらす争議行為を禁止したものであり、憲法二八条に違反しないとしても、本件ストは三時間程度の短期のもので、それにより生じた郵便取扱いの遅延も極めてわずかで簡単に正常な状態に復することのできるものであり、国民生活に重大な障害を与えたとはいえないから、本件ストは公労法一七条により禁止された争議行為に該当しない。したがつて右条文に違反するとしてなされた本件懲戒処分は無効である。
(公労法一七条違反の争議行為と国公法八二条)
(三) 公労法一七条違反の争議行為をなしたことを理由に、国家公務員法(昭和四五年法律第九七号による改正前のもの、以下「国公法」という。)八二条による懲戒処分をなしえない。すなわち、
(1) 公労法が適用される職員に対しては、国公法九八条二項、三項の規定は適用が除外され(公労法四〇条一項一号)、公労法一七条は争議行為を禁止し、その違反に対しては同法一八条により解雇が認められているのみである。
(2) 公労法一七条により争議行為が禁止されているのは、もつぱら職務の公共性のために、争議行為が国民生活に支障を及ぼすか、そのおそれがあることによるものであり、争議行為が公務員としての義務と矛盾することによるものではない。
(3) 国公法上の懲戒処分は、公務員関係の秩序維持を目的として、公務員の職務遂行についての非違行為を対象とした個別的制裁であるところ、争議行為は、労働者集団を前提として勤務時間中に職場秩序からの離脱を宣言して公務員関係から離脱し、組成する各労働者の個々の行動を通じて集団の団結的意思を実現するものであるから、公労法一七条により禁止された争議行為をなしたことを理由に国公法八二条による懲戒処分を科すことは、両者の趣旨が異なるから許されない。
(裁量権の濫用)
(四) 本件懲戒処分は、本件ストの目的・規模・態様・原告らがいずれも全逓の指令による単純参加者であること、国民生活にほとんど支障を生じていないことなどの諸般の事情に、公労法一七条が争議行為を禁止した趣旨及び本件懲戒処分が最も重い処分基準によつており、原告らに与える経済上・任用上の不利益が重大であることなどを考慮すれば、懲戒権を濫用したものとして違法である。
(不当労働行為該当)
(五) 本件懲戒処分は、全逓の指令・指示に基づき争議行為に参加した組合員全員に対する処分であり、労働組合法(昭和四六年法律第六七号による改正前のもの、以下「労組法」という。)七条一号において禁止されている不当労働行為に該当する。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。ただし、原告川村庄三郎(別紙当事者目録(二九))、同広野務(同目録(四二))は、それぞれ昭和四七年三月二一日、同年二月二五日に退職している。
2 同2の事実は認める。
3 同3は争う。
現業国家公務員に対する不利益処分に不当労働行為該当の瑕疵があるものとする場合には、人事院に対し審査請求をすることができないため、直ちにその取消しを裁判上請求できるから不利益処分に不当労働行為該当の瑕疵があると主張する場合には、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一四条所定の出訴期間内に訴訟を提起して処分の取消しを求めなければならないところ、本件懲戒処分は昭和四四年六月二一日ないし同年五月一〇日に行なわれたもので、原告らはそのころ同処分のあつたことを知つたにもかかわらず、処分のあつたことを知つた日から三か月以上経過した昭和四七年二月二八日に至つて本訴を提起しているから、本訴においては不当労働行為該当を取消事由として主張することは許されない。
三 被告の主張
1 公労法一七条の憲法適合性
(一) 労働基本権保障の意義
(1) 憲法は、自己の生活を確保・維持するについて、自己の労働による以外に途のない者に対し、その経済的地位の安定・向上を図り、健康で文化的な生活を営みうるよう勤労の権利とともに、労働基本権を保障しているところ、右労働基本権は、右の目的ないし理念に向けられた国家の政策的配慮により、はじめて国民に対して認められたものであつて、いわゆる天賦自然にして神聖不可侵の権利ではなく、勤労者の生存権確保のために、国家的に採用された政策にすぎず、それ自体はあくまで目的ではなく、右の目的ないし理念達成のための一手段にとどまる。
すなわち、労働基本権は、勤労者の経済的地位の向上という経済的要請に基づく権利であり、かつ、それは手段的な権利であることを本質としており、基本的人権の分類のうち、経済的基本権、社会的基本権などの名称で呼ばれている人権に属し、自由権的基本権、人格権的基本権などと呼ばれている基本権と対置されるべき性格のものであり、後者の自由権的基本権は、国家権力による侵害の排除(国家からの自由)を趣旨としているのに対し、前者の経済的基本権は、国家権力に対し積極的な保障を求めること(国家による権利)を趣旨とする人権で、自由権的基本権による権利自由の抽象的、消極的な保障を前提として、そこから生ずる不公平、不公正を除去し、権利自由を実質的に保障することを目的とし、国家の積極的な関与、積極的な保障を求める権利であるから、労働基本権は、経済的、社会的に劣位にある労働者にとつて、形骸化してしまつた契約自由の原則を回復させるため、労働者の団結を認め、使用者と対等の立場に立つて、団体交渉を通じて、労働条件の維持、改善を図ることをえせしめるための権利である。このような意味において、労働基本権を含めて、経済的基本権は、後国家的、後市民社会的権利といいうるから、それ自体社会的性質を有し、その反面として、その権利自体国家の規律を予想しているのである。ところで、憲法二八条は、労働基本権として、団結権、団体交渉権、争議権のいわゆる労働三権を保障しているが、これら労働三権は、労働者が、労使間の団体交渉を通じて、自主的に労働条件を決定し、それによつて経済的地位の向上を図るためのものであるから、手段的権利であり、労働三権の中核たる権利は団体交渉権であるから、団結権、争議権は、団体交渉権に対する関係において、さらに手段としての権利であるというべきである。
(2) そして、手段としての労働基本権が権利として保障されるのは、それが目的を達するうえで有効かつ合理的であるかぎりにおいてであるが、憲法二八条は、合理性を有するものとして後国家的に採用した政策の一つであつて、具体的利益状況下にある労使を予定するほど十分に具体性を有した合理的手段として、保障しているとは解されない。なぜなら、労働基本権の具体的保障をめぐつては、現実の社会的・経済的要因に基づき、相対立する使用者、勤労者の利益、労使関係の基盤をなす国民社会の構成員、すなわち、国民、国及び社会の利益調和を無視することはできないが、憲法二八条が、自ら右の具体的調和を図つたうえ、具体的要因をもつ使用者と勤労者の関係において、保障されるべき労働基本権として、これを規定したものと解するには、あまりに抽象的だからである。したがつて、憲法二八条を、具体的状況を無視し、勤労者であるの一事をもつて、一律形式的・絶対的に保障すべきものと解することはできない。
(3) 憲法二八条は、勤労条件の決定を労使の自主的な交渉(私的自治)、特に、勤労者の団体を一方の当事者とした交渉にゆだねるという方法を選択・容認しているが、それは、あくまで一般的標準的な意味においてその合理性を認めた結果にとどまり、具体的な条件ないし利益状況にある労使間において、その趣旨が、具体的にはどのような方法ないし態様で表現されるべきかについては、すべて国会の立法政策にゆだねていると解すべきであり、具体的利益状況下の労使間において、勤労者の生活の安定・向上の手段として有効かつ合理的な方法は千差万別、多様であるから、そのうち、どのような方法を選択すべきかは、使用者の事業ないし経営の内容及び機能、勤労者の職務、地位、社会の政治的、経済的諸条件及びそれらの相関的影響いかん等総合的な評価・判断によつてなされ、これらの考慮の上に、有効かつ合理的な方法が決定されうるのである。
このような具体化が憲法自体において既になされているとは到底解しえず、法律においてはじめて具体化されうるところである。
(4) 憲法二八条が労働基本権を保障する旨を規定しているのは、以上のように、団体交渉により勤労条件を自主的に決定させることが、両者の利益の均衡点で勤労条件の内容を決定するについて、有効・公正かつ合理的であるとの理解に基づくものであるから、その具体的なあり方は、国会の制定する法律により、一定の制約ないし限界を伴つたものとして展開されることが予定されているものと解すべきものである。
(二) 郵政事業における勤労者の労働基本権のあり方について考慮すべき利益状況ないし要因
(1) 勤労条件決定に関する憲法上の地位の特殊性
「勤労条件決定に関する憲法上の地位の特殊性」は憲法の財政民主主義に表われている議会制民主主義の原則(憲法八三条、四一条)に由来するものであるが、より究極的には憲法の三原則の一つである国民主権主義に基づくものである。すなわち、公務員は、国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されるもので、その実質的な使用者は、国民全体であるところ、他方、国の財政支出は、国民全体の意思を代表する国会において、法律・予算の形で決定されねばならない(憲法八三条、四一条)から公務員の勤労条件は、その実質的使用者たる国民全体を代表する国会が、法律・予算の形で決定することとされていると解さねばならず(憲法七三条四号)、憲法は、公務員の勤労条件の決定については、私企業の勤労者の場合のような労使の自主的交渉による共同決定という構造をとつておらず、したがつて政府が、公務員の勤労条件の決定権を有していない以上、これに対する争議行為は、政府の処理しえない事項について要求を貫徹すべく不当の圧力をかけることになるにすぎず、国会において、その使用者たる国民の代表者によつて民主的に行なわれるべき、公務員の勤労条件決定過程を歪曲する以外の何ものでもなく、また、法律を制定する国会に対しても、もちろん公務員は争議行為をなしえず、当該勤労条件を規定する法律の変更に向けて、立法への参加という形においてのみ可能といわねばならない。右の法理は、郵政事業等国の現業職務に従事している国家公務員についても、直ちにまた基本的に妥当するものである。
(2) 社会的、経済的関係における地位の特殊性
国家公務員の職務は、国民の信託にこたえて、国民全体の共同利益を図るべく、公共的政策を遂行することにあり、郵政事業等の現業も、経済的活動の側面を伴うものの、それは単に国民の共益を図ることに向けられた手段にとどまり、私企業のように決して自己目的的利潤の追求を本来の目的とするものではないうえ、現業も含めて、公務はそれ自体独占排他的に行なわれる。
ところで、具体的勤労者に対して労働基本権が保障されるべき場合とは、勤労者の生活の安定・向上を図る手段として争議権等を保障することが、競合する国ないし国民全体の共同利益、他の国民の個別的利益その他の諸要求と公正な調和を保ち、あるいは適正な勤労条件を決定する機能を果すと認められる場合と解すべきところ、私企業の場合と異なつて、現業を含む公務の遂行によつてえられる利益は、その勤労者である公務員にも分配されてよい性質のものではなく、争議権が行使された場合に、いわゆる市場からする抑制力が働く余地はなく、事業の存立、したがつて自らの勤労者たる公務員の地位の存立に対する危険回避という抑制力が働く可能性は事実上ないうえ、競合する国民の諸要求を公平に調整すべき行政当局や、国会等に対する著しく強力にして一方的圧力と化するのみである。
このような要因を含む公務員の勤務関係においては、争議権等が、適正な勤労条件を決定する機能を果すことができないことは余りに明白であり、それが保障さるべき実質的・合理的基礎を欠くといわざるをえない。
(三) 国家公務員の職務の公共性
(1) 公務員は、私企業の勤労者と異なり、国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されるが、憲法一五条が明定するとおり、国民全体が実質的使用者であり、国民全体の共同利益のために勤務すべきものであるところ、このような立場にある公務員が争議行為に及ぶことは、国民生活に密接する公務の停廃を招くことは当然であり、その国民生活・社会公共に及ぼす影響の甚大なことは多言を要せず、郵政事業のごとく、国民生活と具体的に結びついているものについてはとりわけ明白で、公務員について争議行為を許容することは、憲法一五条に基づく公務員の地位、性質と完全に相容れない事態となるから、このような矛盾状態に至ることが明らかな立場にある勤労者たる公務員には、争議権を認める実質的合理的基礎が欠如している。
(2) 郵政事業を含む公共企業体等の業務は、いずれも国民共同生活の利益に深く密接に関わるもので、その運営における発展停廃は、直ちに国民全体の共同生活における利益、福利に甚大な影響を及ぼすという実体を有するものであるから、その組織的秩序ないし規律のあり方も、国民全体の共同利益を図るという見地からなされねばならず、法は郵政事業を含む公共企業体等の業務の右のような実体をふまえ、これを公務として組織づけている。
(3) いわゆる五現業の職員は、その身分は一般職に属する国家公務員であるから、国公法が適用され、しかも公労法は、国公法八二条(懲戒規定)の適用を除外しておらず(同法四〇条)、公労法一七条一項の禁止に違反して争議行為等を行なつた場合、それは同時に国公法に定める法令遵守義務(同法九八条一項)、信用失墜行為避止義務(同法九九条)、職務専念義務(同法一〇一条一項)等に違反することになり、それは、同法八二条一号、二号に該当し、行為の態様によつて、同条三号にも該当しうる。
(四) いわゆる代償措置について
(1) 公務員についても、憲法二八条がその目的ないし理念とするところの勤労者の生活の安定・向上のため、具体的制度的措置が図られねばならないが、同条は、争議権等の保障以外のより合理的方法の選択を禁じるものではなく、その要求する理念の具体化については、前記してきた労働基本権の具体的展開のあり方と同様の意味から、すぐれて国会の立法裁量の問題であり、立法的選択の問題である。
けだし、積極的に公務員の生活の安定・向上を図るとしても、その具体的あり方について、憲法は格別の具体的指示をしているとは解されないから、勤労者たる公務員の利益と国ないし国民全体の共同利益等諸要求の調和を図るべく総合判断を要し、しかも本来の性質上、国会において最もよくなしうるところだからである。
(2) 右の観点から、現在法制度として、公務員の身分、任免、服務、給与その他に関する勤労条件ないしその維持向上についての周到詳密な規定が設けられ、さらに中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院が設営されており、まず、非現業公務員については、法律によつて定められる給与準則に基づいて給与を受け、その給与準則には俸給表のほか法定の事項が規定される等、いわゆる法定された勤労条件を享有しているのであつて、人事院は、公務員の給与、勤務時間その他の勤労条件について、いわゆる情勢適応の原則により、国会及び内閣に対し勧告または報告を義務づけられ、公務員たる職員は、個別的にまたは職員団体を通じて俸給、給与その他の勤労条件に関し、人事院に対しいわゆる行政措置要求をなし、あるいはまた、もし不利益な処分を受けた場合には、人事院に対して審査請求をする途も開かれている。他方、現業公務員についても、法律によつて強い身分保障が与えられており(公労法四〇条において適用を除外されているもの以外は、国公法が適用される。)その他勤労条件の維持・向上についても、協約締結権を含む団体交渉権を付与しながら、公共企業体等労働委員会(以下「公労委」という。)による仲裁裁定制度が設けられているなど、整備された法制度が用意されている。
(五) 以上に述べて来た諸点を総合勘案のうえ、公共企業体の職員の争議行為及びその周辺の行為を全面的かつ一律的に禁止し、他方公共企業体自身に対しても、その作業所を閉鎖することを禁止した公労法一七条は、憲法二八条の趣旨をふまえ、具体的な勤務関係に立つている公共企業体とその職員に対する同条の目的ないし理念の具体化として、極めて妥当にして合理的な立法というべく、その憲法適合性は明白であるといわねばならない。
2 公労法一七条の保護法益と国公法八二条の懲戒制度の目的について
(一) 公労法一七条の趣旨を考えるに、同条は、公共企業体及び国の経営する企業の国家の経済と国民の福祉に対する重要性にかんがみ、その正常な運営を最大限に確保するために公共企業体職員等の争議行為を禁止し、もつて、公共の福祉を増進し擁護しようとするものである(同法一条参照)から、窮極的には、国民生活全体の利益を保護するものではあるが、直接的には、公共企業体及び国の経営する企業の正常な運営を図るために必要な業務秩序を確保することを目的とするものである。公労法が同法一七条違反の争議行為を理由とする当該職員の 解雇を認める(同法一八条)一方、争議行為によることを理由としての民事免責を認めていない(同法三条一項による労組法八条の除外)ことは、企業内におけるいわば労使間の内部関係を規律しているものであつて、公労法一七条の規定の趣旨が公共企業体及び国の経営する企業の正常な運営、すなわち、国民全体の利益に対置しているものと解せられるいわば企業ないし使用者の利益と決して無関係でないことを示すものといえる。
(二) これに対し、国公法八二条の規定の趣旨を考えるに、同条は、懲戒処分事由として、その第一号において、法令及び上司の命令に従う義務(同法九八条一項)、信用失墜行為の禁止(同法九九条)、秘密を守る義務(同法一〇〇条)、職務に専念する義務(同法一〇一条)、政治的行為の制限(同法一〇二条)、私企業からの隔離(同法一〇三条)、他の事業または事務の関与制限(同法一〇四条)等を規定した国公法や他の法律に違反した場合を、その第二号として「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」を、その第三号として「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」を掲げ、これらの一に該当した場合には、懲戒処分をすることができるものとしており、さらに国公法八二条による公務員の懲戒は、公務員関係における秩序維持の目的から、公務員の義務違反ないし非違行為について、法定の制裁を科し、その責任を確認し及びその将来を戒めるもの(人事院規則一二―〇・四条参照)であり、一般に、懲戒の目的は、組織規律ないし組織秩序をとおして、組織ないし組織目的そのものの維持・存続・達成を図ることにあると解され、公務員の懲戒も、公務員関係の秩序ないし規律をとおして公務・行政組織ないしその目的の維持・存続・達成を図るべく設けられたものである点において、私企業等の組織における懲戒と共通する面を有するものであるが、その組織目的において、公務・行政組織が国民全体の共同生活における利益・福利の維持・増進を究極の目的として設営される国民共益組織であることから、私企業等の一般的組織と根本的に異なり、その結果として、公務・行政組織担当者たる公務員の職務関係規律ないし秩序は、右の究極目的の維持・存続・達成を図るべく、規制をうけ、国民の信託をうけて公務担当者となつた公務員は、すべて全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではないことを明定した憲法一五条二項及びこれをうけた国公法一条一項、九六条一項により、国家公務員たる職員の服務の根本基準が定められている。また、国民の信託をうけて、国民共益組織担当者という特殊の勤務関係に立つ公務員には、前示のように、法令及び上司の職務上の命令に従う義務(国公法九八条一項)、職務専念義務(同法一〇一条)、さらに労務の提供に関する限度にとどまらず、信用失墜行為の禁止(同法九九条)、秘密遵守義務(同法一〇〇条)、政治的行為の制限(同法一〇二条)、私企業からの隔離・営利企業等の従事制限(同法一〇三条)等の服務における具体的義務が課せられており、これらの義務ないし制限は、国公法八二条三号の規定する「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」と同様、いずれも私企業の労働関係にはみられない、公務員の服務関係固有の意味内容を含むものであるから、公務員の懲戒制度は、前記のような服務関係の秩序ないし規律をとおして、公務・行政組織の目的である国民共益の維持存続・達成を図るもので、単なる形式的ないし現象的側面をもつて私企業等の懲戒制度と同一視することはできない。
(三) すなわち、国公法八二条の趣旨は、国政の適正、円滑な運用を図り、もつて国民全体の福祉ないし公共の利益を増進し、擁護することを窮極の目的とすることは明らかであつて、その違反を懲戒処分事由とする法条のうちには、使用者たる国の労務指揮命令権の確保と職場秩序の維持を図ることを直接の目的とするものであるが、それも窮極的には国民全体の利益を図るためで、実定法上の規定を十分に検討すれば、公労法一七条の保護法益と国公法八二条の保護法益を、「使用者の利益」と「国民全体の利益」とに区別してみても、結局、両者は表裏一体の関係にあるものであり、両法条の趣旨とするところは、何ら異質のものではなく、窮極的に国民全体の利益を図ることにあることが明らかであり、原告ら主張のように、両法条の保護法益が異なるがために、公労法一七条違反を理由として、国公法八二条の規定による懲戒処分をすることができないという論理は、成り立たないといわざるをえない。
3 公労法一七条違反と懲戒処分との関係
(一) 労働者は、労働組合に加入することによつて、労働組合の団体的な統制に服することになり、ここに使用者との間の法律関係と団体の構成員としての法律関係との二つの法律関係が出現するところ、この両者の関係は、特別な立法措置が講ぜられないかぎり、それぞれ別の法律関係として併立して存在しているのであつて、いずれかの法律関係に優劣を認めることはできない。すなわち、労働者が労働組合の指令のもとに使用者の指揮命令から離脱して、その労働力を組合の統制下におくことは、本来、使用者との関係においては違法であり、それが適用とされうるためには、団体の構成員としての法律関係に優位を認める特別な立法措置が必要であるところ、現行法上、私企業における争議行為が適法とされ、争議行為に参加した労働者が企業秩序違反の責任を問われることがないのは、憲法二八条に基づく労組法一条二項・七条・八条の規定によつて保護をうけていることによるのであるから、労組法はもとより、憲法に現行のような明文の規定はなくても、争議行為はもともと労使間の公序として当然に正当な行為であるとする原告らの主張は採用しがたい。さらに、争議行為中といえども、労働者は、企業体組織内での労働契約関係自体から脱却しうるものではないし、争議行為が前記労働法上の保護をうけえない場合には、それは、結局、企業秩序違反行為の集合にすぎないから、懲戒の対象となしうるものである。
(二) 次に、私企業における使用者と労働者との間の労働関係は、原則として、両当事者の雇傭契約の成立によつて成立するが、現業公務員を含む国家公務員の任用の法律関係は公法上のものであつて、この任命行為によつて、国と個々の公務員との間にいわゆる勤務関係が成立する。すなわち、国家公務員は憲法上全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないと規定され(憲法一五条)、その事務掌理の基準を法律をもつて定むべきものとされ、これをうけて国公法は右任免に関する諸規定のほか、国家公務員について適用すべき各般の根本基準を定め、人事院規則もこれら規定をうけて詳細な規定をもつており、その勤務関係の基本的条件は法律によつて定められ、使用者である政府によつても任意に決定しえず、しかも、国家公務員の国に対する勤務関係は、単に労務給付の関係につきるものではなく、国の公共目的達成のため、国民全体の奉仕者として勤務すべき公法上の特別の地位にかんがみ、国の規律権、支配権に服する特別な関係なのである。
私企業の労働者は雇傭契約をもととして当該企業組織内に編入され、その組織の秩序を維持すべき義務を負うに至るが、国家公務員は任命行為によつて一定の行政組織内に編入され公務員関係の秩序を維持すべき義務を負うことになり、その義務の法的根拠(さらには、この秩序維持義務違反に対する制裁としての懲戒の根拠)は、私企業においては、主として就業規則によつて定められるのに対し、国家公務員の場合においては、主として国公法その他の関係法令によつて定められ、両者が根拠を異にしているところ、右相違は前述の労働関係ないしは勤務関係の本質の相違に基づいており、右国家公務員の勤務関係の特質から一般私企業の場合と異なり、国家公務員には法令遵守義務、職務専念義務等職務上の義務のみならず、守秘義務、信用失墜行為の禁止、政治行為の禁止等職場の内外を問わず一定の義務が課せられ、また、労働基本権の制限がなされているのである。
そして現業公務員の労働基本権についてみても、公労法一七条によると現業公務員の争議行為は禁止され、団交権についても企業の管理運営に関する事項は団体交渉の対象となしえないとされ、現業公務員は団体交渉権、争議権についても、私企業の一般労働者と異なる特別の取扱いをうけており、実定法上、このような取扱いがなされているのは、現業公務員の従事する国の経営する事業が、非権力的経済活動であるとはいえ、直接社会公共の利益を目的としているので、その管理運営は法律の定めるところ、すなわち、国民の意思に従い運営され、故に、現業公務員も国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行にあたつては全力をあげてこれに専念しなければならない性質のものであるからにほかならないから、現業公務員の勤務関係における当事者自治は強力な制約をうけているのであつて、その勤務関係が一義的に当事者対等を原則とする私法労働契約関係にはないのである。
したがつて、懲戒の目的が私企業の場合と現業公務員を含めた国家公務員の場合、いずれも秩序維持である点において共通性があるとはいえ、その目的とする秩序の内容において全く本質を異にしているといわなければならない。労組法七条一号は、労働者が労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者に対して不利益な取扱いをすることを不当労働行為とし、これを禁止しているから、当該争議行為が正当なものであり、争議参加労働者の行為が、正当なものであれば、争議行為に参加したことを理由とするその労働者に対する不利益取扱である懲戒は、不当労働行為として法律上の効力を生じえないが、違法争議行為への参加行為は、労働組合の「正当な行為」とはいえないから、労組法七条一号の適用を受けることはできず、前述の対使用者との法律関係上の規制に全面的に服することにならざるをえず、違法な争議行為に参加した労働者は、そのことを理由に懲戒をうけても、これを甘受するほかはなく、これについて不当労働行為の救済を求めることも、その懲戒行為の無効を主張することもできない。
(三) 以上の関係を郵政省職員についてみると、以下のとおりである。
郵政省職員は、国家公務員であるから、その任用関係に関しては、原則として国公法の規定がすべて適用される。しかし、郵政省職員は、団結権が保障されているので郵政省職員についても、前述の二重の法律関係が発生し、その間の調整が必要となる。そして、この両者の調整機能を果しているのが、公労法であり、同法三条の規定をとおして適用される労組法の規定である。それ故、公労法及び同法を通じて適用される労組法の規定によつて保護されている限度では、使用者(任命権者)は、郵政省職員に対して、国公法上の関係規定を適用することができない。
しかし、この調整的な法規の保障の枠外にある行為に対しては、さきに詳述した国家公務員の勤務関係の性質から当然国公法上の関係規定を適用することができ、それに基づいて懲戒をなすことも可能となる。公労法四〇条が、国公法八二条の適用を除外していないことからみても、当然のことといわなければならない。公労法が国公法の特別法としての意味を有しているのは、右の限度においてであつて、公労法をいわゆる集団的労使関係の特異性に着目した国公法の特別法なりとし、争議行為に関する問題をすべて国公法の適用外に置こうとする原告らの見解は採ることができない。
なお、(1)公労法に解雇以外の制裁は、国公法の原則によるとの明文の規定が存在していないこと、(2)公労法制定の基礎となつたアメリカの公務員制度では、解雇以外の制裁が認められていないこと、(3)昭和三一年の公労法の改正の際、解雇以外の制裁も可能である旨の規定を同法中に設けようとする動きがあつたが、結局、それは明文化されなかつたことをもつて、右主張の一つのよりどころとする見解もあるが、これらは、いずれも事態を正確に認識したうえでの議論であるとはいえない。
すなわち、まず、右(1)の論拠については、公共企業体等の職員は、公労法の制定前から国公法によつて争議行為を禁止され、これに違反した場合には、当然同法上の懲戒をうくべき地位にあつた。争議行為を行なつた者に対する懲戒が、公労法の制定によつてはじめて問題になつてきたというのであればともかく、前述のとおり、国公法による懲戒規定の適用は公労法制定前よりなされていたのであるから、むしろ、これが除外規定が設けられていない以上は、公労法の制定以後においても、従前と同様、懲戒処分も可能であると解釈されるべきが当然だからである。
常識的に考えても、公労法一八条による解雇に対し、労働法上の保護が排除されているのに、制裁としては解雇よりはるかに軽い停職、減給、戒告が不当労働行為制度の救済の対象になるとするのは明らかに不合理であり、また、労組法八条の適用除外により、損害賠償責任が認められていることと比較しても不均衡である。
次に、右(2)の論拠は、仮に、その指摘が原告らの主張のとおりであるとしても、そのことから直ちにわが国の公労法等の解釈が定められるわけのものではないうえ、いうところの解雇の性質自体も問題であり、また、アメリカの公務員制度中に懲戒罰が全然存在しないかといえば、そうでもないのであるから、この論拠もまた、原告らの右主張を支持するには足りない。
さらに、昭和三一年の公労法の改正の際、解雇以外の制裁の明文化が見送られたのは、むしろそのような明文の規定はなくても、国公法等の規定によつて、その他の懲戒処分を行なうことも可能なのであるから、これを重ねて公労法中規定する必要はないという考えによるものであつたことにかんがみれば、前記(3)の論拠もまた、その理由がない。
公労法一七条は、郵政省職員が争議行為を行なうことを禁止しているので、同省職員の争議行為が前記法の保障の枠外にあることは、疑いの余地がない。すなわち、公労法三条は、明文の規定をもつて明らかに労組法八条の適用を除外しているほか、同法一八条において、解雇という使用者の制裁を許容している。
次に、公共企業体等の組織においては、国の行政の一環として、国民の日常生活に欠くことのできない財貨またはサービスを独占的に提供しているもので、そこに任用されている職員は管理者を含めてすべて、究極において同企業体等によつて便益をうけている国民全体に奉仕している者にほかならないから、公共企業体等の場合に、原告ら主張のように公共の福祉(公益)と対使用者との関係(使用者の利益)を分離して考えることはとうてい不可能である。
ところで、労働関係調整法(以下「労調法」という。)三七条の場合には、同法は、争議権の存在自体を否定しているものではなく、単に行政機関に対する通知義務を課しているにすぎないものであるうえ、同条に違反する争議行為の場合でも民事・刑事上の免責を失なうと解されていることからも、公労法一七条違反の場合とを同一に論ずることは断じて許されない。公労法一八条による解雇も労組法七条一号にいう解雇であるから、右解雇に労組法七条一号の救済が与えられていない理由は、郵政省職員は、公労法一七条の規定によつて争議行為を禁止されている結果、これに違反する行為は、労組法七条一号にいう「正当な行為」とは認められないということ以外にはありえないから、結局、郵政省職員の争議行為に関しては、前述した意味での調整的な立法がなされていないことを意味し、ストライキ禁止の問題が現行法では、まだ公務員の服務の一内容として捉えられていて、集団的労働関係の問題が公務員の身分や服務の問題と十分区別されていないといわれることがあるのも、まさにこの点を指摘しているものであろう。
4 郵政事業の公共性について
(一) 郵政事業の実態
原告らの従事する業務である「郵政事業」とは、郵便事業、郵便貯金事業、郵便為替事業、郵便振替事業、簡易生命保険事業、郵便年金事業及び前記各事業に附帯する業務並びに日本電信電話公社、国際電信電話株式会社、日本放送協会、国家公務員共済組合、国家公務員共済組合連合会、専売共済組合、国鉄共済組合または日本電信電話公社共済組合から郵政省に委託された業務、国民貯蓄債券の売りさばき、償還及び買上並びにその割増金の支払に関する業務、印紙の売りさばきに関する業務、年金及び恩給の支給、その他国庫金の受入払渡に関する業務を指し(郵政省設置法三条)、これらの事業及び業務はいずれも国民生活全体との関連性において、それぞれ国民の日常生活に緊密なつながりを持ち、きわめて高度の公共性を有し、これらの郵政事業を遂行するために責任を負う行政機関として郵政省が設置され、その内部部局の外に地方郵政局、地方郵政監察局、郵便局等の地方支分部局が置かれており、郵便局は地方郵政局の事務のうち、現業事務を行なう機関(郵政省設置法五条、一二条)とされ、郵政事業のサービスをあまねく公平に提供するために全国津々浦々に約一七、〇〇〇局が設置されており、その運営の実態は次のとおりである。
(1) 郵便事業
郵便事業は、郵便の役務をなるべく安い料金であまねく公平に提供することによつて、公共の福祉を増進することを目的として(郵便法一条)企業的に運営されている国営独占事業であり、明治四年に、わが国にはじめて新式郵便制度が採用されて以来今日まで一〇〇年以上にわたり全国の郵便網を通じ、正確、安全、迅速をモットーとしたサービスの提供に努め、社会経済の発展、国民生活の向上に寄与し、戦後、昭和三〇年代における経済の飛躍的発展に伴い、郵便物数が著しく増加し、とりわけ人口の都市集中化によりその増加は大都市とその周辺に集中する傾向を示しているが、このような事態に対処するため、郵政省としては近年郵便事業の近代化計画を押し進め、郵便の種別、料金体系の改正、郵便の規格化、郵便番号制度の導入、郵便番号自動読取区分機、郵便物自動選別取りそろえ押印機の開発実用化、機械化集中処理局の建設あるいは郵便物の航空輸送など一連の近代化施策を実施して郵便サービスの向上に努め、さらに、昭和四六年一〇月から郵便の標準送達日数「郵便ダイヤ」を公表し、郵便を予定日数内に送達することを公約して利用者の利便に供している。
ところで郵便物数については、終戦直後、戦前水準の半分にまで激減したが、国民生活の安定、経済の復興とともに次第に回復し、昭和三〇年度には戦前の水準をこえ、その後さらに経済の高度成長を反映して増加を続け、昭和四六年度には約一二三億通に達し、昭和三〇年度と比較した場合、実に二・五三倍にまでなつている。郵便は、その用途から個人的利用と業務用とに大別されるが、郵便業務はもともと信書の送達を本旨としてはじめられたもので、個人的な利用が中心であつたが、その後経済の発展、文化の向上等に伴い新聞、雑誌、印刷物などが取り入れられ、昭和二〇年代後半から経済の高度成長と消費革命の進行を反映して、これらを中心とする国民経済生活に重要な関連を有する業務用郵便が目立つて増加し、また、小包郵便物の需要も年々増加し、昭和四六年度の物数は約一億七千万個に達し、昭和三〇年度の二・五三倍となり、外国郵便も日本経済の発展及び貿易の振興に伴つて引受物数及び到着物数ともこの一〇年に二倍以上になつており、とくに航空郵便については、一〇年間に約三倍と著しく増加している。
このように郵便事業は、社会経済の発展とともに、その機能の重要性がますます増大しており、その取扱いは都市部はもとより、地方僻地に至るまであまねく公平に行なわれており、国民の日常生活に欠くことのできない大きな役割を果している。
(2) 為替貯金事業
為替貯金事業は、郵便事業、簡易生命保険事業と並んで郵政省が経営する主要事業の一つであり、その内容は郵便貯金、郵便為替及び郵便振替の事業並びに年金、恩給の支給、その他国庫金の受入れ、払渡しに関する業務等を包含しており、それぞれ国民の日常生活に緊密なつながりをもつている。
<1> 郵便貯金
郵便貯金は、簡易で確実な貯蓄の手段をすべての国民にあまねく公平に提供することによつて、その経済生活の安定を図り、福祉を増進することを目的として運営されており(郵便貯金法一条)、明治八年に創始されて以来九十余年間国民に親しまれ、国民生活に欠くことのできない貯蓄手段となつている。郵便貯金の利用実態については、その利用者の九九パーセント以上が「個人」であり、しかもその七〇パーセント前後が賃金俸給生活者、主婦、学生、生徒といつた中低所得者層となつており、郵便貯金はこれらのいわば国民大衆の利用者が抱いているささやかにして多様な経済生活安定への願いを充足するためのものであり、これらの願望にこたえるべく通常郵便貯金、積立郵便貯金、定額郵便貯金、定期郵便貯金、住宅積立郵便貯金の五種類の制度を設けている。また、直接に利用者である国民に郵便貯金サービスを提供する窓口機関は地域により、その規模に大小があるが、全国にあまねく設置され、その数は約一七、〇〇〇局に達し、全国金融機関の約四〇パーセントを占めており、またその地域的分布は、民間金融機関が人口と経済力の集積している都市部、特に六大都市に集中しているのに対して、郵便局の配置には偏在はみられない。このような郵便局の普遍的な設置は、全国どこでも出し入れ自由な制度と相まつて、国民に対して便利な利用を可能にしているし、採算上民間金融機関の及びえない地域の住民の利用を可能にし、昭和四五年度における郵便貯金の取扱口数は四億四八五三万口、取扱金額は一〇兆六三六四億円に達しており、これを一日当りに換算すると一四九万五千口、三五五億円となり、また、郵便貯金の現在高は、昭和四六年三月末現在九兆二千億円に達し、他の民間金融機関の預金量と比較してみると、農協の六兆五四四九億円(昭和四六年一〇月現在)を凌ぐ最高の預金高を保有している。
<2> 郵便為替
郵便為替は、国民に簡易で確実な送金の手段として、あまねく公平に利用させることによつて、国民の円滑な経済活動に資することを目的として(郵便為替法一条)明治八年に創始された制度であつて、現在約一七、〇〇〇の郵便局のネツトを利用して全国どこへでも送金できるという民間機関には類のない利便さから、広く国民の送金手段として利用され親しまれている。郵便為替には、普通為替、電信為替、定額小為替の三種類があり、送金目的に応じて利用されているが、昭和四五年度における利用状況は、受払合計件数約二一九七万件、五二二八億円に達し、送金目的としては、学費、生活費の仕送り、隔地者への商品代金の支払等が多く、庶民の消費生活あるいは日常生活を営むうえでの郵便為替の役割は大きいうえ、外国へまたは外国から、親族の生活費、図書、会費等の送金方法として国民が容易にできる外国郵便為替の制度であり、万国郵便連合の郵便為替に関する約定または特定の国との間の二国間協定に基づいて、百四十一に達する国または地域との間に業務を取扱つており、昭和四六年度における外国郵便為替の受払口数は九万件、受払金額は一五億円である。
<3> 郵便振替
郵便振替は国民に簡易で確実な送金及び債権債務の決済の手段としてあまねく公平に利用させることによつて、国民の円滑な経済活動に資することを目的として(郵便振替法一条)明治三九年に創設された制度で、全国の地方貯金局(口座所管庁)に設けられる加入者の口座を中心として、通信販売の決済、保険料、各種会費寄付金、株式配当金の支払、電気、ガス等の公共料金の支払及びこれら公共料金の定期継続振替等、国民経済生活において発生する多様な送金決済のために利用されており、昭和四五年度における受払口数は一億一一八九万件、受払金額は四兆四七二六億円で、国民経済の伸張を反映して郵便振替の利用は逐年増加している。
<4> 年金恩給等の支払
社会保障制度による各種の手当、年金、恩給等の受給者は都市山村を問わず全国に散在しているうえ、受給者の多くは老齢で経済的に貧しく、また複雑な手続をとることを不得手とする者が多いので、全国に普及している郵便局において簡便な手続きにより、「国民年金法」に基づく福祉年金、「戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法」に基づく特別弔慰金国庫債権など各種の年金、恩給等の支給を行なつており、昭和四五年度における受給者数は約七一九万人、年間取扱量は約三一四〇万件、金額にして約五〇三六億円に達している。
<5> 国庫金等受払事務
国庫金の出納保管事務はすべて日本銀行が統一して行なうことになつているが、現実には日本銀行の店舗数が少ないため、これのみに限定することは事実上不可能であり、一般国民にも大きな不便を与えることとなるので、全国約一七、〇〇〇の窓口をもつ郵政官署において所得税、法人税など各種の国庫金の受払事務を取扱つており、昭和四五年度における取扱量は受払合計数約一、七七四万件、受払合計金額約四、六五一億円に達している。
(3) 簡易生命保険及び郵便年金事業
<1> 簡易生命保険
簡易生命保険は、国民に簡易に利用できる生命保険を確実な経営によりなるべく安い保険料で提供し、もつて国民の経済生活の安定を図り、その福祉を増進することを目的として(簡易生命保険法一条)大正一五年に創設されたもので、国が営利を目的としないで経営する生命保険事業で、その特色としては<1>取扱い機関が全国的であること、<2>すべて専門医の診査は行なわず無診査で加入できること、<3>保険料は月掛であること、<4>国が社会政策的観点から民間保険がかえりみなかつた中産階級以下の人々を対象として創設したものであるため、保険金が一〇万円から最高三〇〇万円の低額とされていること、<5>加入者保護の規定が各種設けられていること、<6>加入者の健康保持及び福祉向上のため施設が全国各地に設けられていること、<7>職業による加入制限がないことなどがあげられ、その保有契約高は昭和四七年二月現在約四、五六九万件、金額約一二兆八、九七一億円となつており、国民の経済生活の安定と福祉の向上に貢献している。
<2> 郵便年金
郵便年金は国民に簡易に利用できる年金保険を確実な経営によりなるべく安い掛金で提供し、もつて国民経済生活の安定を図り、その福祉を増進することを目的として(郵便年金法一条)大正一五年に創始されたもので、簡易生命保険と同様国が営利を目的としないで経営しており、手続が簡便で国民のだれもが容易に加入できるしくみになつており、昭和四六年三月末現在の契約件数は、約二五万件、契約金額は五〇億円となつている。
(二) 郵便事業の国民経済に果たす役割
右のように郵政事業はどの業務をとつてみても、国民の日常生活にきわめて緊密なつながりを持つており、その業務の停廃は国民生活に重大な障害をもたらし、社会全般に極めて大きな影響を及ぼすものである。
(1) 郵便事業については、原則として「何人も郵便の業務を業とし、又国の行なう郵便の業務に従事する場合を除いて、郵便の業務に従事してはならない。」とされており(郵便法五条一項)、他に代替手段のない公共的な独占事業として国営により運営され、このような高度の公共性を有する郵便事業を経営するため「郵便に関する料金は、郵便事業の能率的な経営のもとにおける適正な費用を償い、その健全な運営を図ることができるに足りる収入を確保するものでなければならない。」(郵便法三条)と定められている趣旨に沿つて各種の低廉な料金がきめられている。
ところで、郵便事業の運営の実態については、前述したとおり個人間の信書による通信の増加傾向とともに、事業所、官公庁などに発着する業務用通信等も著しく増加し、今後さらに経済の発展、産業経済構造の高度化及び多様化、人口増加と都市集中化、生活水準の向上、情報化社会への進展等の社会経済情勢の進展に伴つて、郵便需要は今後一層増加することが予想され、この状態で推移すれば、昭和五〇年度には年間およそ一四三億通に、六〇年度までには二〇〇億通をこえるものと推定されており、郵便事業は国民経済の発展に占めるウエイトが極めて高く国民生活に密接な関連を有し、その日常生活に欠かせない重要性を有している。
(2) 為替貯金事業及び保険年金事業については、既述したように、その事業の態様からして、これらの事業が果している社会的、経済的役割は資金の運用面における役割をも含めて極めて大きなものがある。
まず貯蓄機関としての役割という面からみると、わが国の社会保障制度は現実には必らずしも十分なものとはいえないため、勤労者、個人零細業主、農民などの国民大衆が病気、不時の災害あるいは教育、結婚、住宅のための資金を確保するためには、貯蓄は重要な意味をもつており、その所得水準からみて零細な貯蓄が多くならざるを得ず、不動産、株式への投資と比べて安定確実で利殖性のある貯蓄手段の比重が高いところ、換金性と利殖性を兼備した定額郵便貯金、毎月定期的に各家庭に外務員の足が及ぶ積立郵便貯金や簡易生命保険等は国が支払を保障しており、万人の利用を可能にする郵便局の全国的なネツトワークと相まつて、国民大衆の要望をみたし、その福祉の向上に大きく貢献している。
次に、送金機関としての役割という面からみると、わが国全体の送金決済需要は日本リサーチセンターの調査によれば、昭和四二年度においては、郵政省の提供する現金書留、郵便為替の利用件数は一億六、三六一万件で全体の四一パーセントを占めており、また、郵政省貯金局が全国の普通世帯を対象に昭和四一年一〇月に実施した世論調査によれば、過去一年間に送金したことがあると回答した世帯は四四パーセントで、このうち銀行送金は三・四パーセントであるのに対して、郵便為替一三・〇パーセント、現金書留三三・九パーセント、郵便振替五・九パーセントとなつている。以上のように郵便局を利用しての送金は国民生活に極めて密接なつながりを持つている。
他方、財政投融資資金の供給機関としての役割という面から見ると、郵便貯金や簡易生命保険の資金の運用は、財政投融資計画との関連が深く、毎年度国家予算と関連して決定され、国家予算とともに国の財政金融政策の重要な柱をなし、郵便貯金の資金は大蔵省資金運用部に預託され、財政投融資計画においては、資金運用部資金として計上され、昭和四七年度財政投融資計画においては、資金運用部資金の四〇パーセントにあたる一兆七〇〇〇億円が郵便貯金資金であり、単独の資金源としては、郵便貯金が最大の規模となり、簡易生命保険及び郵便年金の資金は、郵政大臣が管理し運用することになつているが、その運用対象の大部分は国の財政投融資計画であり、昭和四六年度の運用計画についてみると、総額六、三五〇億円のうち、契約者貸付は二〇〇億円で残りは財政投融資協力運用となり、このうち、地方公共団体に二、二〇〇億円をあてて資金の地方還元を図つているが、運用全体として加入者に密接な関連のある住宅、交通、道路、中小企業などの面に重点を置き、資金の加入者還元の実をあげている。
以上のように郵便貯金資金、簡易生命保険及び郵便年金資金は、利潤の追求のために運用される民間金融機関の資金と異なり、国の財政政策、経済政策に従つて、国営事業、政府関係機関、政府関係金融機関、あるいは地方公共団体等に供給され、その資金のもつ公共性、社会性を発揮しつつ、国民経済の発展あるいは国民生活安定のために大きく役立つているのである。
5 本件ストの公労法一七条違反性
本件ストは、公労法一七条一項に違反する行為であるから、原告らにおいて本件ストに参加しその役割を果したことに基づく国公法上の懲戒規定による責任は免れないというべきである。
(一) 本件ストに至る経緯等について
(1) 全逓のストライキの実態と分析
全逓は昭和二九年から昭和三五年まで大幅賃金引上げ、電通合理化反対等の目的で、「合法的な実力行使」と称しての休暇闘争・順法闘争(サボタージユ)・勤務時間内職場大会(実質的同盟罷業)等の名のもとに、公労法一七条一項で禁止された争議行為を実施し、昭和三六年の春闘から公然とストライキを標ぼうし、このころから組合は「スト権奪還」の方針のもとに、公労法一七条違反も辞せずとの強行な態度を明確に打ち出し、次第に賃上げ要求等を掲げてする大規模な争議行為に訴えることを常態とするに至り、爾来今日まで毎年のようにストライキを反復、敢行しているものである。全逓のストライキに至る過程を概観すると、そのほとんどは日本労働組合総評議会(以下「総評」という。)及び公共企業体等労働組合協議会(以下「公労協」という。)のわく内であらかじめ計画され、その計画に基づいて実施されたいわゆるスケジユール闘争である。郵政当局としては、労使関係の円満な発展を希望しつつ、賃金その他勤労条件の問題については労使間の平和的な話合いによつて解決するように常に努力してきたところであるが、全逓は、しばしば郵政当局の警告を無視し、法律上許容されないストライキを実施したものであり、時には、労使間の話合いによる解決が当初から不可能とみられるすぐれて政治的な問題のためにストライキを行なう事態さえ存在したのである。
(2) 総評・公労協におけるストライキ方針の決定
総評・中立労連を中心とする春闘共闘委員会は昭和四三年一〇月一一日に発足し、翌四四年一月二七日春闘共闘委員会は第二回戦術委員会を開き、「六九春闘戦術の具体化について」を協議し、「四月中旬を民間最大のヤマとし、この時期に交運共闘、公労協も実力行使に参加し、反合闘争をもつ単産もこの時点に実力行使を集中する。中旬以降、民間単産は下旬にかけて実力行使を重ねて大幅賃上げを獲得し、公労協も実力行使をもつて闘いを前進させる。」旨を決定し、一方、公労協は昭和四三年一〇月三〇日共闘委員会を発足させ、翌四四年二月五日に戦術会議を開き、「公労協は四月下旬、民間組合の春闘成果をふまえ、交運共闘と統一ストライキを設定して、四月末までに調停結着を闘いとる。ただし、民間組合の賃金確定時期や交運共闘の戦術配置のいかんによつては五月になつても闘いぬけるよう万全な闘争体制を確立する。」旨の方針を確認した。
さらに、同年四月二日、公労協は第一二回全国代表者会議を開催し、「六九年春闘の基本的方向と戦術」について協議し、四月一七日に第一波ストライキ(三時間)、続いて第二波を同月二三日ないし三〇日、第三波を五月連休明けに設定し、全一日ストライキを反復して調停段階で賃金を決定するとの戦術を決定した。
(3) 全逓におけるストライキ方針の決定
全逓は、昭和四四年二月、四四回中央委員会を開き、昭和四四年春期闘争の目標として、大幅賃金引上げ、労働時間短縮、機械化、合理化に対する闘い、簡易局改正法案粉砕を柱に掲げ、右目標貫徹のためストライキを含む強力な戦術を展開することを決定し、右決定等に基づき、全逓中央本部は指令一六号ないし二一号をもつて、下級機関に対し組織体制を再点検し、ストライキを含むいかなる戦術にも即応できる体制を確立すること等を指令して、各職場におけるストライキ突入体制の確立に力を注ぐとともに、併せて四月一四日以降三六協定(労働基準法三六条に基づく協定)締結拒否戦術と業務規制闘争等を強化し、次いで、四月一六日には指令二二号をもつて「四月一七日別途指定する局所において、三時間のストライキに突入すること、併せて同月二四日にもストライキに突入しうる体制を確立すること」を指令し、郵政大臣等の厳重な警告にもかかわらず、四月一七日全国二二か所の拠点局において三時間のストライキを実施し、さらに、全逓中央本部は、四月二二日、指令二三号をもつて「各級機関は、四月二四日別途指定する局所において、半日ストライキに突入せよ。」との指令を発し、かつ、そのころ太秦郵便局をいわゆる拠点局と指定した。
そして、全逓京都地区本部は四月二二日深夜、中央本部から、太秦局において始業時から半日ストライキに突入せよとの指令をうけ、全逓京都地区本部執行委員川島末雄は翌二三日太秦局へいわゆるオルグとして入り、同日同局中庭において、ストライキ突入のための集会を無許可で開催し、さらに、他局の全逓動員者のほかに、同人の誘導により白ヘルメツト姿の全電通労組員約五〇名が管理者の制止を無視して局内に乱入し、同局一階ホールや階段に座り込みを行ない、さらには、午後三時ごろから午後九時三〇分ごろまで、右動員者の一部の者及び全逓京都地区並びに洛西支部の役員の一部の者らは、同局管理者の阻止するのを無視して、事務室内に侵入するなどして勤務時間終了後の職員を待ちうけ、待機させているバスに誘導する等の行為を行なつた(乙第一一号証の写真<1>ないし<5>参照)。
これに対し郵政大臣は、四月二三日全逓中央執行委員長に対し、組合が再び計画している四月二四日におけるストライキを含む違法な戦術の実施を即刻中止するよう厳重に申し入れるとともに、万一違法な事態の発生をみた場合には、厳正な処分をもつて臨むものである旨の警告を発して、組合の反省自重を重ねて促し、被告においても四月二一日、全逓の下部機関で太秦、右京、向日町、山崎局の全逓組合員をもつて組織された洛西支部の支部長並びに同支部太秦郵便局分会長に対し違法なストライキを実施しないこと、万一決行したときは厳正な処分をもつて臨む旨の警告書を手交して警告し、さらに、四月二二日「職員の皆さんに訴える。」と題し、「全逓は四月二四日ストライキの準備を指令しているようであるが、ストライキが実施されても絶対に参加しないこと、万一参加した場合は、法に照らして厳正な処分をする。」ことを内容とする警告書を掲示して職員全員に対して警告したが、再三に亘る右警告を無視して四月二四日本件ストは敢行されたものである。
このように、本件ストは、日本独特の賃金闘争方式であるいわゆる「春闘」の中で組み立てられた画一的・機械的なものであり、争議行為実施の日程等の細目をあらかじめ決定して行なういわゆるスケジユール闘争であつたことは明白である。
(4) 賃金問題に関する経緯
全逓は、昭和四四年三月一日、郵政省に対し、「一二、〇〇〇円を引上げ、さらに俸給是正に一、〇〇〇円を上積みする。」ことを骨子とする賃金引上げ要求書を提出したところ、郵政省当局は同月一八日、「明年度以降の基準内賃金については、明年度における民間賃金の動向をみたうえで、その他の事情も勘案して態度を決めたいと考えている。」との内容を骨子とする回答を行なつた。
この交渉は、同年四月一九日まで一一回にわたり行なわれたが、省側は、右交渉の中で、「賃金の引上げについては、民間賃金の動向をみて回答したいと考えているが、現段階ではまだまだ全般的な民間賃金の動向を把握できない。しかし、現段階でも民間賃金の引上げは五パーセントを下らないと思われるので、この情勢をふまえて、賃金引上げの方向で努力したいが、現状では具体的な引上げ額を明示するほど情勢は熟していない。」旨の態度を表明したが、組合側は同月一九日の第一一回交渉において、「いずれにしても、交渉では解決しないので、調停の場で争うことにしよう。」との態度を表明し、組合側は同月二〇日、公労委へ調停申請するとともに、その旨郵政省当局へ通告してきた。
全逓から調停申請をうけた公労委は調停委員会を発足させ、同月二二日及び三〇日の二回にわたり、関係当事者を招致のうえ、事情聴取を行なうなど調停作業を精力的に推し進めた。
以上に述べたとおり、郵政省当局としては賃金問題について民間賃金の動向を考慮しつつ検討を重ね、調停段階においても両者間に円満な決着をえさせるべく、最大限の努力を払いつつあつたにもかかわらず、全逓は、郵政省当局の努力に対する理解の欠如を示すかのように、しかも調停が進行中の段階において、本件ストを実施するに至つたのである。
(二) 本件ストの態様
四月二三日午後二時ごろから午後三時過ぎごろまでの間に太秦郵便局において、他局からの動員者約五〇名及び白ヘルメツトを着用し応援に動員された全電通労組員約五〇名の者は、当該局管理者らの制止するのを無視して、局舎内に乱入し、同局一階ホール正面や階段に坐り込みを行ない、さらに同日午後三時ごろから午後九時三〇分ごろまでの間、右動員者の一部の者及び全逓京都地区並びに洛西支部の役員の一部の者らは、同局管理者らの阻止するのを突破して事務室内に侵入するなどし、当日勤務の終了した全逓組合員らのうち、ストライキ不参加の意思表示をしている者に対し、同人らを多数で取り囲み、右ストライキに参加するよう説得し、同人らがこれに応じないとみるや同人ら(その中には机にしがみつきあるいは階段の手すりにつかまるなどして大声で「参加しない」と叫んだ者もいる。)の腕を取つたり、あるいは抱えるなどして強引に局舎外に連れ出し、本件ストに参加させるなどの目的で同人らをバスで亀岡市内の旅館に連れ込んだうえ、翌二四日早朝より右局において全電通労組、国鉄労組、京都交通労組、京都教組などから動員された約三〇〇名の組合員が右局前にピケを張り、管理者及び就労のため入局しようとする職員の入局を物理的に阻止し、同局に勤務する九四名の職員が、二時間四五分ないし三時間五六分の間欠務して本件ストが敢行された。
(三) 本件ストによる業務阻害状況
原告らは、郵政省設置法三条に定める事業及び業務をその所属において、一体的・有機的に遂行する職務に従事すべき義務を負うところ、別表一記載の欠務時間に相当する職務の停廃をきたし、右事業及び業務に以下述べるような具体的支障を与えた。
(1) 郵便業務について
太秦郵便局郵便課課長代理中西賢次が切手類及び印紙の売さばき並びに特殊(速達、書留等)扱いなどの通常郵便物及び小包郵便物の引受け等の郵便窓口業務を行なつたところ、同郵便局郵便課窓口においては、通常午前中五、六〇名の利用者があるが、本件スト当日には、同局前で約三〇〇名のものがピケを張つたため、同窓口利用者は午前八時から午前一一時ごろまでの間にわずか二名にすぎなかつた。
向日町郵便局から応援のため派遣された同局郵便課長久保田展顕、伏見郵便局から応援のため派遣された同局郵便課副課長鍋島正男及び太秦郵便局郵便課副課長松本季夫が郵袋の作成、差立、到着した郵袋の受理等郵便の内務事務を行なつたものの、これらの事務は、郵便内務事務のごく一部を処理したにすぎず、その余の郵便内務事務は停止するところとなつた。
郵便集配業務のうち、郵便物の取集めについては、区内特定局九か所の差出箱分を取集めできただけで、四六か所の差出箱分につき取集め不能であり、さらに郵便物の配達(普通通常)については、非常勤就労者二名をこれに充てたが、二九区のうち一号便の配達を実施できたのは五区にすぎず、それも通常の配達時間より約一時間ないし二時間遅延して行なわれ、速達郵便は、一号便のうちの大口利用者分のみ配達しえた。
本件スト当日における要配達物数と配達物数との内訳は次表のとおりである。
郵便物の処理区分
郵便物の種類
要配達物数
(概数)
配達物数
(概数)
当日未処理物数
普通通常郵便物
二三、〇〇〇
一五、七三〇
七、二七〇
書留〃 〃
六〇〇
三四〇
二六〇
速達〃 〃
六六〇
六五四
六
普通小包〃
三八〇
三五〇
三〇
(乙第一号証)
(2) 貯金業務について
太秦郵便局貯金課課長森岡辰男、中京郵便局から応援のため派遣された同局貯金課長代理古田清蔵及び左京郵便局から応援のため派遣された同局貯金課長代理間宮茂が貯金等の受入れ及び払出しなどの窓口業務を行なつたが、前記ピケのため取扱い件数は受入れが五〇件、払出しが二七件で、通常日の取扱い件数を下廻り、内部事務及び外務事務は、当日の午前中、ほとんどの事務が停滞し、外務職員の出発時間が約四時間遅れ、当日の集金率は、前日及び前々日の約二〇パーセント減であつた(乙第二号証)。
(3) 保険業務について
向日町郵便局から応援のため派遣された同局貯金保険課課長代理畑中正一が保険料の受入れ及び貸付け等の窓口業務を行なつたが、前記ピケのため取扱件数が少なく、保険課の内務事務については、前日扱いの翌日組入れ処理分の事務処理などが停滞したうえ、保険課の外務事務については、外務員の出発が、約四時間遅れ、集金率は、通常日の約六〇パーセントに対し、当日は四九・一パーセントで約一〇・九パーセント減であつた。
保険の募集件数六件、募集金額一六、九四〇円で、通常日の半分以下であつた(乙第三号証)。
その他本件ストのため、太秦郵便局の利用者が当日同局の利用を断念するなど一般国民に対し、本件ストが有形無形の被害を及ぼしたであろうことは、容易に推認される。
(四) 本件ストにおける原告らの行為
(1) 原告川辺尚(当事者目録(一)参照)は、太秦郵便局(昭和五三年四月一〇日京都西郵便局と局名改称)保険課に勤務し、洛西支部太秦分会長であつたところ、前記郵便局に勤務する支部役員松尾勲、中沢照男、木村勝保(いずれも執行委員)、三谷盛之(書記長)や他の地区役員と本件争議行為を行なうことを共謀し、昭和四四年四月二四日午前八時三〇分から同一一時四三分まで欠務し、その余の原告らは別表一記載のとおり三時間五六分ないし二時間五五分それぞれ欠務して、
いずれも本件争議行為に参加したものである。
(2) そして、全逓太秦局分会が、昭和四四年四月一七日、同月一九日、同月二一日及び同月二三日いずれも昼休みに太秦局中庭において無許可の職場集会を開き、本件ストの実施に関する報告や討議を行なつたところ、原告川辺は、右のうち四月一七日の集会には欠席したものの、その余の集会には分会長として参加し、同年四月二一日全逓京都地区本部の所在する中京郵便局において、本件ストに関する組合の会議が行なわれた際に、右会議に洛西支部書記長三谷盛之とともに全逓太秦局分会長として出席し、全逓太秦局分会が、本件スト実施直後において、右分会長たる原告川辺名義により本件スト実施の成果を誇示する掲示物(乙第一一号証の<8>)を太秦局組合掲示板に掲げた。
被告は、右の事実(各集会における発言内容も含む。)を総合して、原告川辺が、昭和四四年四月一七日から同月二二日までの間に中京郵便局等において、他の地区役員らと本件ストを行なうことを共謀したものと推認した。
(3) 原告川辺尚の本件ストにおける役割
(分会長の性格と任務)
全逓は、組合規約上の組織としては、中央本部、地方本部、地区本部、支部の四段階より構成されることになつているが、実質的な末端組織として「分会」が組織され、個々の組合員の、また、これらに対する日常組合活動を通じて全逓組合の組織的維持強化を図るべく重要な位置づけを与えられていると認められ、「分会」の長たる分会長は、その任務と性格(乙第一六号証の一、三参照)からすれば、仮に組合規約上の構成組織ではないにしても、組合自身が、「分会」をもつて組合組織における末端ないし最小構成単位組織として位置づけ、そのうえで組合の末端組織にまで至る組合組織の確立と勢力の充実を期したものであつて、このような位置づけと組織的機能を与えられ、期待をかけられた分会の代表者たる分会長は、その当然の結果として上部組織の指導・教宣・指示等を、その日常的組合活動をとおして、個々の組合員たる分会構成員に直接・具体的な接触・働きかけを行なうという形で浸透・統一を図り、組合組織の確立・維持・強化の任務を遂行すべき地位にあるものというべきである。さらに郵政省と組合との間には、組合休暇の制度が設けられ、組合の大会、会議への出席、その他組合の業務の遂行について欠務する場合に、その重要度を勘案のうえ、対象事項及び範囲を限定して付与されているところ、この組合休暇の付与対象となる諸会議として、本件当時既に分会長会議が含まれており(乙第一七号証参照)分会長会議に対してこのような扱いが郵政省と組合の間で了解されたのは、「分会」及び分会長の組合組織における組織的機能ないし位置づけの重要度を反映して、分会長会議が組合の業務遂行上、組合休暇を付与するだけの重要性を有すると、両者において勘案されたからにほかならない。
6 原告らに対する本件懲戒処分の相当性
原告らが、公労法一七条一項で禁止されている争議行為を行なつたことは明らかなところであり、右争議行為が、国公法九八条一項、九九条、一〇一条一項に違反し、同法八二条一号及び二号に該当することは明白なところであるが、とりわけ、郵政事業に勤務する原告らの実質的使用者は国民全体であり、そのような職員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性と相容れず、国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼし、また、そのおそれを発生せしめたものであるから、同条三号の「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」にも該当するというべきである。
ところで、公務員につき、国公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行なうかどうか、懲戒処分を行なうときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でないかぎり、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきところ、本件懲戒処分は被告において本件ストによる郵政事業の正常な業務運営阻害の態様、程度、国民全体に及ぼす影響、争議行為に至るまでの被告の努力とこれに対する原告らの対応等諸事情を勘案し、また、原告川辺尚については、前記の要因をも含めて裁量判断した結果行なつたものであり、その内容として、原告川辺尚に対しては「減給一〇月間俸給月額一〇分の一」を、同谷本岩夫に対しては「戒告」を、他の原告四六名に対しては「減給一月間俸給月額一〇分の一」を各選択(別表一参照)したことは相当である。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1ないし3は争う。
2 同5は(四)(1)のうち、被告主張の時間原告らが欠務して本件ストに参加したこと及び原告らの地位については認めるが、その余は争う。
原告らは本件スト実施についての決定権限はなく、他の者と共謀する余地は全くなかつた。
3 同6は争う。
五 被告の主張に対する原告の反論
1 公労法一七条の違憲性
(一) 公労法の制定経過
(1) 昭和二〇年八月一五日ポツダム宣言を受諾して無条件降伏した日本は、以来、連合国軍の占領下に、いわゆる間接管理の方式をもつて統治されることとなつた。連合軍の占領政策は日本の非軍事化を基調にして、政治、経済、文化などのあらゆる分野にわたる改革を実施していつたが、とりわけ労働運動に対しては「将来における軍国主義と侵略の再生を防止するため最善の保証のひとつ」(昭和二一年八月二二日発表連合国軍最高司令部労働諮問委員会最終報告書「日本に於ける労働立法及び労働政策に対する勧告」)との認識のもとにそれまで労働運動を抑圧してきた阻害要因を除去するための諸施策が次々と実行に移されていつた。国家総動員法に基づく国民勤労働員令その他の戦時労働法令の廃止、治安維持法、治安警察法の廃止などがそれである。このような労働運動発展の阻害要因の除去に続いて、昭和二〇年一〇月一一日には、連合国軍最高司令官マツカーサー元師は、幣原総理大臣に対して、憲法改正と人権確保のための五か条の改革を求めたが、その一つに「日本国政府は速やかに日本国国民の間に健全なる労働組合の発達するよう適切なる措置を執らるべし。」があり、かくして、労働組合法の制定が具体的課題となるに至つた。第八九帝国議会には厚生省に設置された「労務法制審議会」の答申に基づいて作成された労働組合法案が提出され、同年一二月二二日法律五一号として公布され、翌昭和二一年三月一日から施行された。これが、旧労働組合法である。同法は警察官吏、消防職員及び監獄職員を除く「官吏、待遇官吏及公吏其ノ他国又ハ公共団体ニ使用セラルル者」についても、労働組合の結成とこれに加入することの禁止または制限はなしえないことを定め(四条二項但書)、団体交渉権を承認し、警察官吏、消防職員、監獄において勤務する者その他国または公共団体の現業以外の行政または司法の事務に従事する官吏その他の者を除いて争議権をも認めた。
(2) 第九〇帝国議会では、労働関係調整法(昭和二一年一〇月一三日施行、以下「労調法」という。)、日本国憲法(同年一一月三日公布、昭和二二年五月三日施行、以下「憲法」という。)、労働基準法(同年九月一日施行、以下「労基法」という。)がそれぞれ制定された。
憲法二八条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他団体行動をする権利はこれを保障する。」と規定したが、法案審議の過程をみると、同条の「勤労者」には公務員その他の公共労働者を含むことを当然の前提としていたことを知ることができる。ところが、労調法は、公益事業における争議行為については三〇日前の予告制度(冷却期間)を採用し(三七条、八条)、警察官吏、消防職員、監獄において勤務する者その他国または公共団体の現業以外の行政または司法の事務に従事する官吏その他の者の争議行為を禁止(三八条)する等労働者の争議権に重大な制限を加えていたため、法案の審議過程で、同法は憲法二八条に違反するのではないかとの点が論議の対象とされた。これに対し、政府側はその答弁において、国家の行政あるいは司法という権力作用は、その停廃を許されない性質のものであり、この意味で争議行為の禁止もやむをえないものであつて、憲法二八条に違反しないし、また、公共労働者の従事する業務の性質が事業活動である場合には、民間事業の場合と異なるところはないから、これを禁止することは憲法二八条の趣旨に反するが、それが公益事業の場合には、抜打ち争議を禁止することは、国民の利益を守るうえで必要であり許されるとの趣旨の見解を表明していた。
(3) 戦争による生産施設の破壊、多数の青壮年労働者の死傷病による労働力喪失は、資源、とりわけ食糧の絶対量の不足とあいまつて、戦後のわが国を重大な経済的混乱に陥入れたが、なかでもインフレーシヨンの加速度的な昂進は、労働者の生活に重大な危機をもたらしたから、労働運動は、必然的に大きな高揚を示した。
昭和二一年六月昂進するインフレーシヨンに対抗して、官公労働者は、官公労協の名において政府に共同要求を提出したが、交渉は難航した。同年一一月下旬には、各組合は最低賃金制の確立及び越年資金の支給を中心とする要求を、それぞれ所管大臣に提出したが、これも解決をみないまま、年を越した。翌昭和二二年一月には、官公労働者の闘争を支援するため、民間労組を含む全組織労働者によつて全国労働組合共同闘争委員会が結成され、一月一八日に至り二月一日午前雰時を期してゼネラル・ストライキ(いわゆる二・一スト)に突入する旨が宣言された。
従来から労働運動に対しては静観的態度をとつていた連合軍総司令部は、一月三一日に至り、ストライキの中止を命令し、これによりストライキは回避された。しかし、労働者の生活の危機は依然として続き、官公庁労組が昭和二二年の秋から、年末にかけて労働攻勢に出たあと、翌昭和二三年三月には再び二・一ストに匹敵する大闘争(いわゆる三月闘争)が展開される情勢を迎えたが、この闘争も、連合国軍総司令部の介入によつて一応の収拾をみた。そして、三たび大規模な闘争(いわゆる夏期闘争)が展開されようとする様相がみられた同年七月二二日マツカーサー元師から芦田首相宛書簡が発せられた。
この書簡の趣旨は、公務員の争議行為を禁止する旨の国家公務員法(昭和二三年七月一日施行、以下「国公法」という。)の改正を求め、鉄道並びに塩、樟脳、煙草の専売の政府事業につき、公共企業体を設置し、その職員の争議行為を禁止し、その代償として調停仲裁の制度を設けることを示唆するものであつた。
これに対して政府は、これが憲法に優先するとの見解のもとに直ちに政令二〇一号「昭和二三年七月二二日付内閣総理大臣宛連合国軍最高司令官書簡に伴う臨時措置に関する政令」を発し、公務員は、同盟罷業、怠業的行為等の脅威を裏付けとする拘束的性質を帯びた団体交渉権を有しないこと及び同盟罷業その他の争議行為をしてはならないことを明らかにし、違反者に対しては刑罰をもつて臨むこととした。次いで、同年一二月三日には国公法の改正が行なわれ、国家公務員の労働法上の地位について根本的変更を加え、公務員は労働組合法などいわゆる労働三法の適用を除外され、人事院の管理と保護のもとにおかれることとなつた。それと同時に国有鉄道及び専売局は、それぞれ公共企業体としての日本国有鉄道と日本専売公社に組織変更され、これら公共企業体の職員の労働関係については新たに制定された公共企業体労働関係法(昭和二三年一二月二〇日法律第二五七号、以下「公労法」という。)の規制のもとにおいた。
マツカーサー書簡から政令二〇一号を経て、国公法の改正、公労法の制定に至る経緯は、右に述べたところから明らかなとおり、連合国軍最高司令官の命令という占領権力によつて二・一ストを中止せしめたにもかかわらず、なお、三月闘争、夏期闘争とひるむことなく高揚を続ける労働攻勢に対して、当時最も尖鋭な闘争を展開していた官公労働者の戦線から、国鉄労働者を引きはなして楔を打ち込むことによつてその闘争力を奪うとともに、官公労働者の争議行為を現業公務員をも含めて禁止し、その違反に対する制裁がそれまで労調法によつて、「違反行為について責任のある」労働者の団体に労働委員会の請求をまつて一万円以下の罰金を科することとされていて、実際には違法争議行為抑圧の実効力を伴つていなかつたことを改め、懲役をも含む重い刑事制裁を労働委員会の請求によらずして科しうることとすることによつて、強圧的に官公労働者の闘争を封じ込めることにあつたことは明白であつた。このような労働運動に関する占領政策の大転換は、アメリカの外交政策が対ソ連外交を中心にして反共の姿勢を明確化し、そのために日本における独占資本を復活せしめてアメリカに従属させる政策に転換したことに伴う不可欠な措置であつた。こうして、日本の官公労働者は、以来、強権的な争議行為禁止体制のもとに低賃金労働を余儀なくされることとなつた。事実、政令二〇一号制定に対する反対闘争において同令は猛威を振い、驚くべき多数の労働者が逮捕、起訴され、また懲戒免職された。
(4) このような官公労働者に対する争議行為禁止体制が、アメリカの対日占領政策の転換に伴うものであり、占領という特殊な事情のもとに強行されたものであることは、公労法の制定過程からも窺知することができる。
まず、法案の作成については、労働三法の場合には、いずれも労務法制審議会において原案が作成されたのにもかかわらず、しかも労働省の反対を無視して、原案の作成は総司令部法律課によつて行なわれたが、それにはわずか二か月しかかけられず、その原案が翌日には国会に上程された。しかも、法案提出後になつて、四〇項目にも及ぶ正誤表が提出されるというありさまであつて、いかに総司令部が法案の提出を急いでいたかが窺知されるし、日本側の意向が全然無視されていたことも明らかである。
公労法は、昭和二三年一一月二日第三臨時国会に提出されたが、政府は国会に対し、「諸般の事情」により三日後の一一月五日までに議了することを要請した。政府は提案理由を次のように説明した。
「第四章におきまして、職員の争議行為を禁止いたすことにしておりますが、これは、公共企業体が完全国有法人でありますので、これに対して争議行為を行ないますことは、ひいては国家に対して脅威を及ぼすことになり、さらに公共企業体が再建途上の国家経済上国民の福祉に占める重要性にかんがみまして、これが業務の運営の停廃は寸時といえども許されません。かかる事情よりして、やむをえず争議行為禁止の措置を講ぜざるをえなかつたのであります。」(昭和二三年一一月一二日衆議院労働委員会における増田労働大臣の提案理由説明)と。質疑においては政府側は、もつぱらマツカーサー書簡の勧告に従う義務あることを強調し、「現在のところではマツカーサー書簡の勧告によつて義務づけられております状態でありますから、先は先として、今日は公務員法の通過を熱望せざるをえない。」(昭和二三年一一月一八日労働・大蔵・運輸連合委員会における吉田国務大臣答弁)と述べている。
また質問が核心に迫ると、速記を中止して答弁することがしばしばであり、政府見解の重要な部分が不明確なままとなつているが、それは連合国軍総司令部との関係で、公開することのできない事情があつたことを示すものといわれる。
これらの政府の提案理由説明あるいは答弁は、連合国軍の占領という特殊な事態のもとで、マツカーサー書簡によつて日本政府に勧告がなされた以上、その当否にいかに疑問があつても、これを拒否できないのであるから、いろいろ問題はあるにせよともかくも法案に賛成してもらいたいとの態度で一貫している。そしてまた立法の目的とされる「再建途上の国家経済と国民の福祉の重要性」においても、明白に敗戦からの国家経済の再建という特殊事情が指摘されていたことは注目に値する。
したがつて、公労法は、あくまで占領下における過渡的・暫定的な立法であることは政府と国会のいずれにおいても充分に認識されていた。たとえば、衆議院本会議への上程にあたつて、衆議院労働委員会委員長は、審議の結果を「本法案により諸種の点において労働三法の適用の除外せられる結果となることは必ずしも妥当なりとはいい難きも、現下の客観情勢上やむをえざるにつき、総国民の民主的努力によつて本法を必要とせざるに至る経済的、社会的状態を一日もすみやかに招来して、しかるうえに本法を廃止すべきことが妥当である。」と総括している。また、賛成討論において国民協同党は「かかる過渡的、一時的な国辱的法案の撤廃されることを切望する。」との態度を表明し、民主党も「日本経済の再建まで過渡的にこの争議権を禁止することも、やむをえない非常措置と考えて賛成する。」と述べた。
(5) 昭和二六年五月当時の連合国軍最高司令部リツジウエイ大将は、占領下に総司令部からの指令を実施するため発せられた諸政令を再検討して修正するための審査権を日本政府に認めると声明した。これが契機となり、昭和二七年、政府は、「労調法の一部を改正する法律案」(公労法の正式名称は、「公共企業体等労働関係法」と改称)、「地方公営企業労働関係法案」を国会に提出し、一部修正のうえ可決され、同年八月一日から施行された。その結果、日本電信電話公社、郵便事業(郵政省)、国有林野の営林事業(農林省林野庁)、印刷事業(大蔵省印刷局)、造幣事業(大蔵省造幣局)、アルコール専売事業(通産省)の職員の労働関係は、国鉄・専売の職員のそれと同一の取扱いを受けることになつた。このように、五現業職員のみ公労法の適用を受けることとなつたについては、本来の行政事務に従事するものでないこと、経済的行為を職務内容とすること、肉体的労働ないし機械的労働を業務の主内容とすること、業務それ自体がある程度の一体性をもち、経済性を備えていることなどが考慮されたといわれる。
(6) 昭和二七年の公労法の改正においては、労働関係法令審議会の公益委員案は、公共企業体の職員及び現業公務員について、団結権、団体交渉権及び争議権を認むべきであるとの見解を表明し、「取り敢えず」は公労法どおりに改正すべしとしていたが、その後、しばらくの間は、ここでも暫定的なものとされた新たな公労法の改正は具体的にはとりあげられなかつた。
しかし政令二〇一号以来の官公労働者の争議行為全面一律禁止法制については、その制定の当初において占領軍の命令によるやむをえざる措置であることが政府はじめ国会関係者の共通した認識であり、独立の暁には当然これを改正すべきことが承認されていたのである。そして、独立移行に際しての占領中の立法を見直す作業においても、労働関係法令審議会の公益委員案は、公労法の争議行為禁止規定は、当面はともかくとして当然、改めるべきものとしていたのである。
(二) 諸外国の法制と公労法一七条
資本制社会を支える近代法の大原則である絶対なる所有権と契約自由の原則は、資本が労働者に低劣な労働条件を押しつけて収奪することを容認する法理となり、絶えず生活不安に脅かされる労働者階級を生み出した。しかし、労働者がその労働条件の維持・改善を図る最も効果的な方法として団結し、争議行為に訴えることは、それ自体、近代法の原則に違背するものとみなされ、労働運動は絶えざる国家権力の抑圧のもとにおかれた。
しかし、そもそも労働運動の発生そのものが資本制社会の所産である以上、これを抑圧しきれるはずもなく、労働運動は次第に発展した。また、労働者階級を資本の収奪のままに放置するときは、労働者階級を疲弊させて労働力の再生産そのものに困難を生ずることに至ることが理解され、労働者保護立法が制定されるとともに労働運動に対する抑圧を漸次緩和するに至る。このようにしてイギリスを先頭にして各国において労働者の団結権、団体交渉権、争議権などが労働者の基本的権利として承認されるに至つた。
わが国の憲法二八条は、欧米諸国における右のような労働基本権の生成過程をふまえ、これを保障し憲法に明記したものである。したがつて、先進資本主義国における労働基本権保障の実情は、憲法二八条の解釈にあたつて斟酌されるべきは当然である。この意味で、欧米諸国における公務員など公共労働者の労働基本権が法的にどのように取扱われているかを検討してみる必要がある。
(1) イギリスにおいては、伝統的にわが国における「官公労働者」のような概念は、労働法上存在せず、官民の区別がない。警察、郵便、電気、水道、ガスその他一般市民の生命及び財産に重大な危険をもたらすような公共的事業に従事する労働者については、ストライキについて若干の特別の取扱いをする規定もないわけでもなかつたが、そこで定められた刑事制裁は少なくとも過去二〇年間全く科せられておらず、ただ使用者による職場規律(懲戒解雇その他)が慣行的に若干行なわれたにすぎないといわれる。
(2) フランスにおいては、一九五〇年七月七日の国務院判決(ドウエーヌ判決)によつて、公的役務に従事する労働者にも争議権のあることが確認され、それまで長い期間にわたつてなされてきた論議に終止符が打たれた。判決は、ストライキは職業的利益擁護の一手段を構成するものであつて、公務員もそれを行使する権利があるし、「争議権は、これを規制する法律の範囲内で行使される。」と定める一九四六年第四共和国憲法前文は、スト権行使による労働者の職業的利益擁護とそれによつて侵害をうけるおそれのある国民の一般的利益の保全との間の調整のため、立法者が必要な措置をとるように要請したものである、とした。しかし憲法前文にいうスト権を一般的に規制する法律は制定されていない。特別法をもつてスト権を否認されているのは、共和国保安隊、警察官、監獄職員、裁判官、航空管制官、内務省通信職員であり、違反に対しては刑事罰はなく、懲戒処分の対象となる。しかし、官公部門職員のストについては、一九六三年スト規制法があり、スト開始五日前までの予告と特定の態様のストが禁止されている。
(3) 西ドイツにおいては、周知のとおり、公務員は身分的に官吏と職員、雇員とに区分されていて、労働基本権については職員、雇員は民間産業労働者と何ら区別なくすべて保障されているが、官吏については、連邦、各ラントの官吏法制上、団交権、争議権が否認されていると解されている。しかし、そのため官吏の労働条件は、職員、雇員が争議権を裏付けとする団体交渉によつて獲得した労働条件によつて規定されるという現象が生じ、官吏の地位の相対的低下もあつて、身分のために団交権、争議権が否認されるとする通説に動揺が生じているといわれる。
(4) アメリカにおいては、連邦公務員、各州公務員ともに伝統的に、団交権、争議権を否認されてきたが、一九五〇年代の終りごろから、一部の州と連邦公務員について団体交渉権が承認され、一九七〇年代に入ると争議権を承認する州が出はじめ、ハワイ州及びペンシルヴアニア州では全公務員に対して公共生活に明白かつ急迫な危険をもたらさない限度で争議権を認め、ヴアーモント州、アラスカ州でも争議権を承認した。このような傾向は、今後も拡大するものと予想されている。
(5) カナダにおいては、連邦公務員について、公務員労使関係法が適用されるが、この法律は、団体交渉の開始前に、交渉不調の場合に仲裁に付託するか、ストライキに訴えるかを選択させておく制度を定めている。
このようにみてくると、公務員の争議権を否認する代表的な国はアメリカであり、それ以外の国では、西ドイツにおいて公務員の一部を構成する官吏について団交権、争議権が否認されていることを除けば、公務員についても他の民間産業の労働者と同様に争議権を保障されていることを知ることができる。
すなわち、わが国における公務員など公共労働者のほとんどすべてにわたる争議行為の全面一律禁止は、その厳重さにおいて異例のものであり、国際的水準と比較するならば著しく低位にあるといわなければならない。憲法二八条は、このような現状を容認するものと解することはできない。
(三) 公務員の争議行為を禁止する憲法上の根拠は存在しないことについて
(1) 憲法二八条は公務員にも適用されることについては、異論をみない。それにもかかわらず、国公法、公労法などは公務員の争議行為を禁止するなど労働基本権を制限しているが、このようなことは果して憲法上認められるものであろうか。この点を論ずるにあたつて最も肝要な点は、労働基本権を制限する憲法上の根拠は何かということである。
(2) この点につき、最高裁判所は、当初抽象的に「公共の福祉」と「全体の奉仕者」をその根拠として挙げ、争議行為の禁止を合憲とした。これは何も説明しなかつたに等しいといつてよい。しかし、昭和四一年一〇月二六日大法廷判決、昭和四四年四月二日大法廷判決(以下最高裁の判決を「一〇・二六判決」、「四・二判決」などのように略称する。)は、労働基本権の制限が許されるのは、「国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるため必要やむを得ない場合」であると、「国民生活全体の利益」論をとつたが、公労法の適用をうける公共企業体等の業務はこれにあたるとした。この「国民生活全体の利益」に労働基本権制限の根拠を求める一〇・二六判決の見解は、それ自体としては従来の最高裁判例の見解とはつきりと異なるものであり、具体的な基準として首肯しうるものであつた。四・二判決は、「国民生活全体の共同利益」論のもとに国公法、地方公務員法が争議行為を全面一律に禁止していることについて公務員の職務には公共性に強弱の差があることを指摘し、限定解釈をしないかぎり違憲であるとした。この見解に従えば、一〇・二六判決が公労法の全面一律の争議行為禁止規定を合憲としたことも当然改められるべきであつた。公労法の適用をうける公共企業体等の業務はさまざまであり、そこにおける争議行為がすべて直ちに「国民生活全体の利益」を損うとは到底いいえないからである。それにもかかわらず、全面一律に、争議行為を禁止する公労法一七条は違憲であるというべきであり、その業務内容からみたとき限定解釈の余地はないというべきである。仮に、公労法一七条についても合憲的限定解釈の余地があるとすれば、具体的な争議行為について事業の内容や争議行為の及ぼす影響などについて慎重な検討が加えられなければならないことはいうまでもないことである。
(3) このような一〇・二六判決、四・二判決の立場は、下級審の全面的支持をうけ、その後の判例は、その判旨を前提とし公労法一七条に対する消極的見解を示すものが大勢となつた。しかるに、最高裁は昭和四八年四月二五日大法廷判決(いわゆる全農林警職法事件判決)において四・二判決の変更を強行し、昭和五二年五月四日大法廷判決(いわゆる名古屋中郵事件判決)によつて一〇・二六判決も変更されるに至つた。この判例変更は、官公労働者の法的地位や争議行為の社会的経済的影響という法的判断に影響を与えるべき客観的事実が何一つ変わつていないのになされたものであり、所詮は、最高裁判所裁判官の顔ぶれが官公労働者の争議行為禁止規定を維持し続けようとする政府・自民党の政策に従うことが期待できるものによつて占められたという、もつぱら政治的要因の所産にすぎないものであつた。その意味で、この判例変更は、最高裁判所の内閣からの独立性に重大な疑問のあることを示し、司法の独立の歴史に大きな汚点を残したといわざるをえない。四・二五判決から五・四判決に至る判例変更は政府・自民党の司法権への介入によりなされたものであり、かかる政治的判決に対しては、いかに最高裁判例であるといえども従うべきでないことはいうまでもない。
(4) やむをえず労働基本権を制約した場合には、それに代わる代償措置が設けられなければならないことについては、一〇・二六判決、四・二判決はもとより、四・二五判決、五・四判決においても指摘されているところである。もつとも、これらの判決はいずれも公労法の定める公労委の紛争調整手続をもつて争議行為禁止の代償措置として整備されたものであるとしている。しかし、後記4のとおり、公労委の調整機能は組合側の争議行為があつてはじめて有効に機能してきたのが実態であり、到底これをもつて整備された代償措置ということはできないのである。争議行為禁止の代償措置として充全なものであるということは、労働者に争議行為に訴える必要を感じさせないだけの満足を与えている場合にはじめていいうることであり、現状は、これと隔ること余りに遠い。
(5) 四・二五判決、五・四判決批判
四・二五判決、五・四判決は、一〇・二六判決、四・二判決を変更したが、公務員の争議行為禁止が許される憲法上の根拠について、述べるところも一〇・二六判決、四・二判決とは著しくその趣を異にする。まず、四・二五判決は、労働基本権は、「勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであつて、それ自体が目的とされる絶対的なものでないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れないもの」と一般論を述べたのち、非現業の国家公務員については、その争議行為は、「その地位の特殊性および職務の公共性と相容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、その停廃は勤労者を含めた国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはその虞れがある」こと及び勤務条件は国会において定められるべきものであつて「同盟罷業等争議行為の圧力による強制を容認する余地は全く存しない」ことを挙げた。次いで、五・四判決は、四・二五判決を引用し非現業の国家公務員の場合には、「その勤務条件は、憲法上、国民全体の意思を代表する国会において法律、予算の形で決定すべきものとされており、労使間の自由な団体交渉に基づく合意によつて決定すべきものとはされていないので、私企業の労働者の場合のような労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた、憲法上、当然に保障されているとはいえないのである。」としたうえ、三公社五現業職員についても、この理が「直ちに又は基本的に」妥当するとした。この両判決については、学界あげての批判が加えられたところであるので詳細を述べることは避け、ここでは次の二点のみを指摘しておきたい。
第一は、四・二五判決と五・四判決の論旨の間に喰い違いがあり、最高裁の論理そのものが必ずしも確固たるものとはいえないと考えられることである。すなわち、四・二五判決の論旨は、非現業公務員の「地位の特殊性と職務の公共性」からいつてその争議行為は多かれ少なかれ「国民全体の共同利益」に重大な影響があるか、そのおそれがあること及び勤務条件法定主義とを併列したものであつた。これに対し、五・四判決では、五現業公務員については、非現業公務員と同様に勤務条件法定主義の適用があること、三公社職員については、財政民主主義の見地から、国会の意思とは無関係に、団体交渉によつて労働条件を共同決定することは憲法上許されないことが強調されたが、他方、争議行為が国民に重大な生活上の支障を及ぼすことについては、四・二五判決とは異なり簡単に述べられているだけであつて、付随的な理由とされているとの印象を拭えないのである。
このように、論旨に変化が生じたのは、公務員の争議行為の国民生活に対する影響というのは、あくまでも、具体的かつ量的な概念であり、ストライキによる公務員の停廃は「国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはその虞れがある」と決めつけてみても、実際には国民の生活にほとんど何の影響もないような公務員のストライキがありうることを否定し去るわけにはいかないし、また、ストライキの禁止されていない民間企業にもそのストライキが国民生活に重大な影響を及ぼすおそれのある事業は多くあり、これとの比較衡量に耐えられないことが明白であることから、より形式的抽象的な論理である勤務条件法定主義論を財政民主主義論にまで拡張したうえで、これに強く傾斜したものと考えられるのである。結局、最高裁は、「公共の福祉」や「国民全体の奉仕者」という公務員の争議行為禁止の呪文を「財政民主主義」という新しい呪文と取り換えたにすぎないということができよう。
第二は、財政民主主義論は、労働基本権を制限する憲法上の根拠としては論理的に成り立たないということである。すなわち、憲法八三条が財政処理の権限は国会の議決に基づいて行使すべき旨を定めていることはそのとおりであり、その意味で、公務員に対する給与の支出が国会の議決なしになしえないことは当然である。しかし、この財政民主主義についての規定は、国の支出の一つ一つについてまで国会の議決を求めているものでなく、国会の意思とは無関係な支出は許さないとする趣旨にとどまるものであることは余りにも明白なことである。
ところで、憲法七三条は「法律に定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理すること」を内閣の権限として特に規定している。公務員に支給すべき給与その他の労働条件が「法律の定める基準」に従つて内閣の処理すべき事項であることはいうまでもない。すなわち、国会は、公務員の労働条件についての基準を定めることはできるが、公務員に対する直接的な指揮監督権を認められてはいない。公務員をいかなる労働条件で雇用するかは、本来的に内閣の権限である。ただそれに伴う支出については最終的に国会の意思を無視できないのである。したがつて政府・当局側と公務員組合との間で団体交渉をなし、労働条件の内容を定めたとしても、これに基づく支出をなすについてこれを承認する国会の意思が何らかの形で表明されれば財政民主主義の要請は充足されたというべきである。このような政府・当局側と公務員間の団体交渉を否認すべき理由を財政民主主義のなかに求めることは不可能である。政府の財政支出が政府と国民との間の契約によつてなされることは、常態的にあるが、あらかじめ当事者間の交渉によつて契約内容を定め、その支出については国会の決議をえたうえでなすという支出の仕方を否認すべき理由は何もない。五・四判決の判示のなかにはとくに弁護人らからの反論に対する見解として、この点に触れる部分があるが、全然理由になつていない。その根本的な誤りは、五・四判決が団体交渉というのは、労使が対等の立場において労働条件等について交渉するという事実行為であり、団体交渉権が認められているということは、組合側は使用者に対して右のような意味における団体交渉を要求することが許され、使用者側はこれに誠実に応ずべき義務を負うということを意味するにすぎないという自明の理を敢えて歪曲して、団体交渉権というのは、労使が団体交渉によつて労働条件を共同決定する権利であり、その効力の発生について他の何らの要件をも容れる余地のない権利であるかのごとく敢えて歪曲したところにある。公務員の団体交渉権を承認することは、政府・当局側と組合側が国会の意思とは無関係に労働条件を決定できることを承認することを意味すると解するならば、たしかに、財政民主主義との牴触を論じなければならないが、団体交渉権を憲法上右のような意味に解さなければならない理由はない。また、仮に右のように解するのが正当であるとしても、公務員の団体交渉権については、財政民主主義の見地から、国会の決議がないかぎり、その法的効力を生じない限定的なものと解する余地がある。公務員にも憲法二八条の適用があるのであるから、それが憲法の他の原則である財政民主主義に矛盾牴触するというのならば、両者を調整的に解釈するのが憲法解釈上の常識である。
公務員の団体交渉権を認めることは財政民主主義と牴触するとして、それがどの点でどのように矛盾牴触するかを検討することなく、団体交渉権そのものを否認し去るという態度は、憲法解釈のあり方として到底納得できるものではない。この点については、すでに、四・二五判決において争議行為制約の根拠として勤務条件法定主義を説く多数意見に対して五裁判官意見が厳しく批判しているところでもある。
(四) 以上のとおり、公労法の制定経過、諸外国の法制及び公務員労働者の労働基本権を制限する憲法上の根拠は何ら存在しないこと等によれば、公労法一七条は憲法二八条に違反することが明らかである。仮に憲法二八条に違反しないとしても、「国民生活全体の保障の見地から国民生活に重大な障害をもたらす争議行為のみを禁止した。」との限定解釈によりはじめて合憲と判断されるものである。
2 争議行為と懲戒罰
以下に述べるとおり、懲戒罰は、解雇、損害賠償等の一般の民事責任とは別のものなのであり、峻別しなくてはならない。そして、懲戒罰が一般の民事責任と本質を異にするところから、第一に、争議行為禁止違反に対する法律効果として懲戒罰を科することが刑罰を科する場合と同様、必要な限度をこえたものとして憲法二八条に違反すること、第二に、強制労働を禁止する憲法一八条に違反すること、第三に、公労法は、法律要件として争議行為を全面一律に禁止し、その法律効果として普通解雇と損害賠償を認めている点で憲法二八条に違反するが、それにしても争議行為禁止違反に対する法律効果として懲戒罰を認めていないことが明文上及び法理上帰結されるのである。
(一) 懲戒罰について
(1) 懲戒の種類
懲戒罰とは何かを明らかにするために、何が懲戒罰であるかをまず明らかにしよう。
国公法八二条は懲戒の種類として免職、停職、減給、戒告の四つを挙げており、実際の懲戒処分には、郵政職員の場合、人事院規則一二―〇(職員の懲戒)のほか、郵政省職員懲戒処分規程が適用される。それらを総合すると懲戒処分の内容と効果は次のようになる。
<1> 免職 職員の意に反してその官職を免ずる処分で、懲戒解雇である。免職またはこれに準ずる処分を受けた者は、一般退職手当の受給権を剥奪される(国家公務員等退職手当法八条一号)。労働契約の解除である普通解雇と違つて退職金請求権が奪われ、解雇手当もとれず、失業給付の支払も制限され、さらに二年間官職に就く資格を奪われる(国公法三八条三号)。他に就職しようにも経歴にキズがついて敬遠される。一企業内の制裁というより社会的制裁に近い(官僚の収賄事件で、免職処分を受けたことが、既に社会的制裁をうけているとして情状酌量されることは一般にみられるとおり。)。退職金は実質的に賃金の後払いにほかならないから、免職処分を受けた労働者は、長年汗水流して蓄積した賃金を一方的に奪われることになる。使用者の損害の有無多少、損害賠償の請求とかかわりなく、使用者が労働者の身分と退職金を一方的に奪う制裁が懲戒解雇である。
<2> 停職 職員の身分は保有するが一日以上一年以下の範囲内でその意に反して職務に従事せしめないもの。国公法八三条は、「九二条の規定による場合の外、停職の期間中給与を受けることができない。」と定める。公社職員の場合は停職期間中俸給の三分の一しか支給しない。停職期間中、賃金請求権の全部または一部を奪われ、しかも、特に許可のないかぎり他の職務に従事することが禁止される(国公法一〇四条)。停職期間中賃金を剥奪する点で罰金より重く、その間、他に就職できない点で解雇より重しとする見解の存するゆえんである。憲法二七条は、生存権の理念からすべての国民に勤労の権利を認めているが、一定の期間とはいえ、使用者が労働者から勤労の権利と賃金を一方的に剥奪するのが停職処分であつて、このような処分が憲法二七条のもとで適用していること自体奇怪といわなければならない。使用者の損害の有無、多少とかかわりなく、損害賠償の請求とは別個に行なわれる制裁なのである。
<3> 減給 職員の意に反して一年以下の範囲内で俸給の月額の五分の一以下に相当する額を給与から減ずるもの。労基法一六条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定め、同法二四条は賃金の全額支払の原則を定める。いうまでもなく、自己の労働力を売つて賃金をうるほかに生活の手段をもたない労働者の最低生活を保障するために設けられた規定である。減給処分は、使用者の損害の有無多少にかかわりなく、損害賠償の請求とは別に行なわれる制裁である。しかも使用者は減給という形で賃金の一部を一方的に剥奪するのであつて、違約金の場合よりも峻厳な処分である。
減給の定めを前提とする労基法九一条は、労働者の保護のために就業規則を監視し懲戒処分を規制しようとして、逆に労働者の最低生活保障のための原則を使用者の利益のために破ることを容認する結果となつているのである。
<4> 戒告 職員の非違に対し、書面をもつてその非を責め戒めるもの。直接経済的不利益を伴わない精神的意味での制裁であるが、一定の場合に昇給の延伸や賞与の減額を伴う。それによると被処分者の損害は、定年まで在職すれば莫大な金額に達するのである。戒告は、平等な立場にある人間の助言や忠告や注意とは本質的に異なる制裁である。
(2) 懲戒罰と民事責任
以上各種の懲戒処分の内容と効果から指摘できることは、懲戒罰は市民法上の対等当事者間における民事責任と異なる「制裁」だということである。市民法上、対等と観念される当事者の間では、債務不履行を原因として契約を解除することはできる。また、それによつて生じた損害の賠償を請求することもできる。不法行為を原因として損害賠償を請求することもできる。しかし、それ以上に私的制裁を加えることは許されない。自由を拘束して労働を強制することができないのはもちろん、罰金を科することも、罰金によつて労働を強制することもできない。なぜなら、契約の解除や損害賠償は平等な立場にある人間の間で要求できることだが、懲役や罰金のような権力的制裁は、市民社会では国家権力が独占し、自由平等な市民の間では認められないことだからである。
労働者と使用者の関係も、労働力という商品の売買の契約当事者として、法的には平等な立場にある。だから労働者が契約に違反して使用者の指図どおり働かなかつたり、へまをしたからといつて、労働者に制裁を加えることは許されない。損害を賠償させたり、場合によつては労働契約を解除して解雇することはともかく、懲戒処分に付することはできない筈なのである。市民法上の労使対等という建前からは、このような制裁を正当化する論理は出てこないのである。
労働者は、労働契約を通じて、使用者と命令服従の関係に入る。だが、使用者の指揮命令権が認められるのは、労働力という商品が労働者の人格と結びついているために、労働―労働力の消費過程―における技術的な制約として、そのかぎりで容認されるにすぎない。労働者が売渡すのは労働力であつて、労働者自身ではない。使用者のために働くといつても、労働力の提供者自身が売買されあるいは賃貸借された古代奴隷制度と、ここが根本的に違う。建前としては、労働者は、契約の一方の当事者として、使用者とあくまでも対等なのである。したがつて、使用者は、労働者に対して、指揮命令することができるが、命令を実現する権利を持つているのではない。労働者が命令に服従しない場合、使用者はこれに解約を告知しまたは訴を提起することはできるが、当然に命令を強制し執行する権利、懲戒権をもつているわけではないのである。
もつとも、職場の共同作業は規律なしにできない以上、職場の秩序を維持するために、秩序に違反する者に処罰する必要があるのであつて、それは資本主義だろうが社会主義だろうが変りがないのではないかという反論があるかもしれない。しかし、共同作業に秩序が必要だとしても、損害賠償や解約のほかになぜ使用者の懲戒の権限まで認めなければならないのか。共同作業の秩序を維持し、労働契約上の債務を誠実に履行させる保証として、損害賠償と解約だけが使用者に認められる権限ではないのか。それ以上に、懲戒の権限まで認めなければならない根拠はどこにあるのか。このことがまさに問題なのである。
組織強制の認められる労働組合の場合でさえ、秩序違反に対する統制処分として認められるのは、組合に所属するかぎりにおいて有する権利を一時ないし一部奪う権利停止処分か、最も重くて、組合を放逐する除名処分である。企業における懲戒罰のように、退職金の剥奪を伴う懲戒解雇、勤労の権利と賃金の全部または一部の剥奪を伴う停職ないし減給というような、生存権そのものを直接脅やかす制裁は一切認められない。この一事をもつてしても、懲戒罰が近代法理と相容れない苛酷にして理不尽な制裁であることが明白であろう。
(3) 懲戒罰の本質
以上述べたとおり、懲戒罰は、使用者が労働者に対し、企業秩序侵犯を理由に科する制裁である。分説すれば、次のとおりである。
第一に、懲戒罰は、「使用者が労働者に対して」加える処罰である。資本制社会においては、労働者が使用者に対して懲戒罰を加えることは事実上考えられない。このことは債務不履行に対する民法上の諸手段が当事者の立場の相互互換性を前提とするのに対し、懲戒のための諸手段はこれを前提としないことを意味する。使用者の債務不履行に対し、労働者も、使用者と同様、解約及び損害賠償の請求をすることができる。たとえば使用者が賃金を支払わない場合、未払賃金の請求のほか、企業に見切りをつけて退職するのも労働者の自由であるし、また、使用者が安全義務を怠つたため労務上災害を受けた場合、使用者に対して損害賠償を請求することもできる。しかし、労働者が使用者に対して懲戒罰を科することは考えられないのである。
第二に、懲戒罰は、「企業秩序維持のために」その侵犯に対して科せられる秩序罰である。一般の民事責任との対比でいえば、労働契約解除としての解雇にせよ、損害賠償にせよ、破られた均衡状態の回復が目的であるが、懲戒罰は、将来につき、また、他の者に対する関係でのみせしめと威嚇が目的なのである。この点、一般の民事責任が、一方当事者に不利益を科することではあつても、破られた均衡状態の回復という目的で、対等当事者間に認められる法理的根拠を有するのと根本的に異なる。むろん、使用者の企業秩序侵犯も事実上ありうるのであるから、企業秩序維持のために懲戒罰が法認されうるとすれば、労働者が使用者に懲戒罰を科することも認められなければならないのであるが、そのようなことは問題にすらならない。このことは、懲戒罰の法的根拠なるものは、使用者の事実上の権力の追認にほかならないことを示すものであり、また、懲戒罰が対等当事者間の民事責任と本質的に異なることを示すものである。
第三に、懲戒罰は「制裁」である。企業秩序維持のために、使用者が労働者に対して行なう制裁である。使用者の損害の有無とは別に、それとはかかわりなく、科せられる制裁である。
国家における刑罰も、企業における懲戒罰も、その集団における階級対立を捨象して集団一般の利益を権力に還元するのは誤りであるけれども、集団利益確保のためという擬制のもとに、秩序維持のために権力によつて執行される処罰であるという点において、本質的に同じなのである。
刑罰を科する主体が国家権力であり、懲戒罰を科する主体が企業権力であるとの違いはあつても、また、前者が公的制裁であり、後者が私的制裁であるとの違いはあつても、いずれも制裁であるという点において本質を同じくする。
そして、その実態も、(1)に指摘したように、懲戒罰は、解雇、損害賠償等の民事責任と異なり、制裁そのものにほかならない。
(二) 争議行為と懲戒罰
(1) 公労法と懲戒罰
被告が、争議行為にも懲戒罰を科することが許されるとする主張の根底には、争議行為はもともと違法であり、違法である以上企業秩序違反があるから、これに対する懲戒処分は当然だという考え方があるようにみうけられる。しかし、違法であつても、その違法が企業秩序違反になるかどうかは別の問題である。また、企業秩序侵犯があつても、通常解雇や損害賠償等、近代法が予定する普通の措置以外のことができるかという根本問題がある。このことは、(一)(2)に指摘したとおりである。
したがつて、仮に懲戒罰が法的に肯認されるとしても、その場合には民事上の通常の債務不履行、不法行為等にみられる違法性ではなく、特殊の違法性が必要なのであり、特殊の根拠が要請されるのである。被告の主張は本末を転倒したものである。
本件は、公労法一七条違反が問題となつているので、実定法が、公労法一七条違反の争議行為に対して懲戒罰を科する特殊の違法性を認め、その根拠を設けているかどうかを次に考察する。
<1> 実定法の構造と公労法の法理
違憲問題を無視して立法政策を論ずるならば、争議行為禁止違反に対する法律効果として、刑事責任、民事責任、懲戒責任及びこれらの組合せが考えられる。国公法は、附則一六条で労働組合法(以下「労組法」という。)の適用を排除し、九八条三項で分限上の保障、懲戒上の保障、その他職員の身分関係における諸権利を国に対して主張することができないと定め、一一〇条一項一七号で争議行為の共謀等に対して三年以下の懲役または一〇万円以下の罰金を定めているから、法律効果として、刑事責任、民事責任、懲戒責任を問うことを政策として立法されたのである。
これに対し、公労法は、「公共企業体等の職員に関する労働関係については、この法律の定めるところにより」と定め(三条)、一般職の公務員であつても、五現業の職員の労働関係については、公労法が国公法に対して一般法に対する特別法の関係に立つことを明示し、公労法四〇条一項で争議行為に関する国公法九八条二項、三項、附則一六条の適用を排除して、争議行為についてはすべて公労法の専属的所管事項とし、二項で「前項の規定は、第二条第二項第二号の職員(すなわち、五現業の一般職の公務員)に関しては、その職務と責任の特殊性に基いて、国家公務員法附則第一三条に定める同法の特例を定めたものである。」と明定した。そして一七条で争議行為を禁止し、その違反に対しては、一八条で普通解雇を認め、三条で労組法八条の適用を除外して損害賠償を認め、その反面、労組法一条二項と七条一項本文については、その適用を排除していないので、公労法は、争議行為を禁止し、その違反に対する法律効果としては刑事責任、懲戒責任は問わず、解雇、損害賠償等の民事責任を問うことを政策として立法されたものといわざるをえない。
法文上、右のように解せられ、それ以外に解する余地はない。刑事責任、懲戒責任をも問う趣旨とすれば、公労法三条、四〇条一項二項の存在理由を説明することができないのである。
公労法の法理的基礎は、労使対等の原則である。市民法上の労使対等の原則及び労働法上は団交権ないし労働協約締結権を限度としての労使対等の原則である。国公法は附則一六条で労基法の適用を除外し、地公法は五八条三項で労基法二条の適用を除外している。これに対し公労法は四〇条で国公法附則一六条の適用を除外し、全面的に労基法の適用を認めている。すなわち、労基法二条についていえば、国公法と地公法はこれを排斥する立場に立つのに対し、公労法はこれを適用する立場に立つ。いうまでもなく、労基法二条一項は、労働条件は労使対等の立場で決定すべきことを定めたものである。労使が、建前として対等であるだけでなく、事実上対等であるべきことを定めたものである。市民法上対等であるだけでなく、労働法上対等であるべきことを定めたものである。これに対応して、同条二項は労働協約の遵守義務を定め、また、市民法上の労使対等の立場から労働契約の遵守義務を定めている。公労法が労基法二条の適用を除外していないということは、市民法上及び労働法上労使対等の原則を法理的根拠としていることを示すものである。かくて公労法は同法一七条違反に対する法律効果として、国家権力による制裁であるところの刑罰及び企業権力による制裁であるところの懲戒罰を認めず、市民法上対等な契約当事者間に認められる法律効果であるところの労働契約の解除、すなわち普通解雇と損害賠償のみを認めているのである。
公労法の適用を受ける労使関係において、対社会的に公共サービス提供の法的責任を負うのは国ないし公社である。このことは、公共サービスの受益者たる国民との関係で、公共サービス提供義務不履行の責任を負うのが国ないし公社であつて、職員ではないということからも明白であろう。ただ公労法は、三公社五現業の場合、職員の担当する業務ないし職務が多かれ少なかれ公共性があるところから、職員は、国ないし公社との労働契約の内容として、国または公社が対社会的に負う公共サービスの内容である労務を国ないし公社に対して提供する債務を負つているにすぎない。このような法理のもとに、公労法は、一七条違反に対する法律効果を定めたものと解するほかない。だからこそ公労法は、刑罰や懲戒罰を排して一般の民事的法律効果たる普通解雇と損害賠償だけを認めているのである。すなわち、公労法は、立法政策として、争議行為を禁止するとともに、その違反に対しては、損害賠償を請求するが、あるいは企業外に放逐する以外に方法のない重大な違反に対しては解雇することを法律効果として選択したのであり、その法理上の根拠は、市民法上の労使対等の原則にある。市民法上の労使対等の原則に立つて、国ないし公社に対する公共サービス提供の債務不履行の責任を問うという構造である。かくて実定法は、公労法一七条違反の争議行為に懲戒罰を科すべき特殊の違法性を認めず、また、その根拠も設けていないのである。
<2> 憲法二八条と懲戒罰
以上実定法の構造と公労法の法理から、公労法一七条違反の法律効果として、民事責任のほか、刑罰も懲戒罰も認められないことを明らかにした。ところで、公労法が一七条で争議行為を全面一律に禁止し、一八条でその違反に民事責任を認めているのは、すでに指摘したように、憲法二八条に反する。本件懲戒処分は、憲法二八条に反するのみならず、違憲の公労法にすら反するのである。
また、仮に争議行為の禁止が違憲でないとしても、合憲でありうるための条件の一つとして、労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように、十分な配慮がなされなければならないのであつて、懲戒罰は、違反に対して課せられる不利益として必要の限度を超えたものである。すなわち懲戒免職処分をうけた労働者は、職を奪われたうえ、官職につく機会を二年間奪われ、さらに、数十万円ないし数百万円の退職金を罰金同様に剥奪される。賃金月一〇万円の労働者が停職一年の懲戒処分を受ければ、一年間勤労の権利を奪われた上、一二〇万円の罰金を科せられるも同様である。減給一〇月一〇分の一の懲戒処分は一〇万円の罰金に等しい。戒告も、昇給延伸や賞与の減額を考えれば、退職までに莫大な罰金を科せられたと同然である。懲戒罰のこのような実態を、民事責任と異なる本質にかんがみれば、争議行為禁止違反に対する法律効果として懲戒罰を科することは、必要な限度を超えたものであり、憲法二八条に違反するといわなければならない。
<3> 憲法一八条と懲戒罰
憲法一八条は、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。」と謳い、さらに「又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」と規定する。懲戒罰が民事責任と本質を異にする制裁である以上、争議行為に懲戒罰を科することが、人権とのかかわりでどういう意味をもつのか、あるいは持たないのか、真剣な考察を要する。
同条は、アメリカ合衆国憲法修正一三条一節に由来する規定であるが「意に反する苦役」とは、特に苦痛を伴う苦役にかぎらず、通常の程度の労役であつても、本人の自由な意思に反して強いられた労役をいう。したがつて、労働者が、個別的に、労働契約に違反して就業しなかつた場合、これに刑罰を科することは、刑罰の威嚇によつて苦役に服させることになるので、憲法一八条に反するといわなければならない。公務員の場合も同様であつて、別異に解すべき理由はない。労働者が争議行為として集団的に労働力の提供を拒否した場合も同様である。けだし、争議権は、いうまでもなく取引の自由、集団的行動の自由、人身の自由の基礎のうえに立つものであり、かつ、単なる自由ではなく、生存権に基づく団体行動権としての権利性も主張しうるものだからである。
労働者は自己の意思でいつでも雇傭関係を脱しうるとの理由で、争議行為を処罰しても憲法一八条に反しないとの見解もあるが、それは形式的観念論であつて、雇傭の実態を無視したものである。一旦離職すれば同等の雇傭関係に入ることは特別の場合を除いて不可能に近い。憲法一八条は自由意思で労働関係を離脱できない奴隷的拘束からの解放(同条前段)だけでなく、自由意思による労働関係の場合でも、労務の不提供を制裁の対象とすることを禁止したもの(同条後段)と解さなければならない。
懲戒罰も制裁である。刑罰が国家権力による制裁であるとすれば、懲戒罰は企業権力による制裁である。近代法は平等な私人間の制裁を認めず、制裁権は一切国家が吸収独占するのが建前であることを考えれば、懲戒罰は私的制裁であるだけに、人権に対するより危険な害悪を含むといわなければならない。しかも、それは、法の支配によつてではなく、使用者の裁量によつて専行されるのである。このことを考えるならば、争議行為に対する制裁として、懲戒罰を刑罰より軽しとすることができないのみならず、強制労働の契機として、刑罰と同様の機能を果たすものである。
争議行為に参加したことに対する制裁として懲戒罰を科するのは憲法一八条に反する。本件懲戒処分は憲法一八条に反し無効である。
3 本件スト前後の経緯
(一) 全逓は昭和四四年三月一日郵政大臣に対し、組合員一人当り平均一万三〇〇〇円の賃金引上げ及び年度末手当一か月分の支給を要求する「昭和四四年一月一日以降の賃金引上に関する要求書」等を提出し、第一回団体交渉において補足説明を行なつた。
全逓がこのような賃金引上げに関する要求を提出する背景には主として二つの理由があつた。第一に、昭和三〇年代後半からのわが国経済の高度成長の中で、諸物価の急速な値上りによつて組合員の実質賃金が低下し、そのために従来の賃金では組合員の生活を維持していくことが困難となつたことであり、第二に、経済の高度成長に伴い、民間賃金が比較的早く上昇したにもかかわらず、全逓組合員を含む公務員労働者の賃金はそれほど引上げられなかつたため賃金についていわゆる官民格差が著しくなつたことである。
なお、右要求については、併せて昭和四四年三月一五日までに文書をもつて回答するよう求めた。
(二) さらに全逓は同年三月一一日、郵政大臣に対し、郵政労働者の労働時間を一週につき四〇時間とし、週休を二日制とすること、全事業にわたる機械化、合理化の実施条件として次の九項目の統一要求に関する要求書を提出し、遅くとも同月二〇日までに回答するよう求めた。
(1) 首切りは一切行なわないこと
(2) 定員削減は行なわないこと
(3) 強制的な配置転換、職種転換は行なわないこと
(4) 統廃合は行なわないこと
(5) 機構縮少を行なわないこと
(6) 労働災害、職業病の防止につき万全を期すこと、そのために労使間の協議に基づき必要な措置を行なうこと
(7) 機械の稼動時間・稼動率については、労使間で協議すること
(8) 作業環境、作業条件は労使間で協議すること
(9) その他労働条件は労使間で協議すること
(三) 同年三月一八日、全逓は郵政省と賃金引上げについて第二回目の団体交渉を行なつた。冒頭全逓側から三月一日に提出した賃金引上げ要求書の付属資料として、全逓が組合員の生活実態を調査した結果をまとめた「賃金引上げ要求の理由」書を提出し、内容についての説明を行なつて賃金引上げ要求の妥当性を具体的に主張して省側の回答を求めた。
右「賃金引上げ要求の理由」は、<1>賃金引上げ要求に関する職場討議に参加した組合員の賃上げ要求額、配分方式についての意見の集約結果<2>生活程度に関する意識、昨年あるいは世間一般との生活程度の比較、食事の内容、手取り月収と一か月あたりの生活費、生活に必要な手取額等の項目に関する組合員の生活実態調査結果<3>消費者物価の上昇率と実質賃金の低下に関する統計資料<4>民間賃金、公務員賃金と組合員の賃金との比較の結果<5>日本経済の成長と賃金の状態を示す統計資料等によつて、組合員について一万三〇〇〇円の賃上げが必要とされる具体的根拠を示したものである。
これに対し郵政省は<1>昭和四三年度内における再度の賃金引上げには応じられない。
<2>昭和四四年度以降の賃上げについては、同年度における民間賃金の動向をみたうえでその他の事情も勘案して態度を決めたいというにとどまり、全く誠意のない回答に終始した。
このため全逓は、郵政省が賃金引上げに対する積極的姿勢を持ち、自主的交渉による解決のため努力するよう求めて交渉は終つた。
(四) 同年三月二四日、郵政省は全逓に対し時間短縮計画及び長期合理化計画についての回答を呈示した。
右回答によれば、時間短縮計画については全逓の要求を無視した抽象的なものであり、かつ、合理化を優先するもので組合要求に対する挑戦ともいうべきものであり、合理化に対する九項目の要求についての回答も全く形式的で誠意のないものであつた。
(五) 同年四月一日、全逓は郵政省と賃金引上げについて第三回目の団体交渉を行なつた。
まず省側よりさきに全逓が提出した「賃金引上げ要求の理由」についてこれを全面的に否定する旨の見解が示され、この見解をめぐつて交渉が行なわれた。
席上省側は昭和四三年四月に比べて同年一〇月には物価上昇のため実質賃金が下つたことを認め、賃金引上げの必要性を示す情勢がないとはいえない旨の見解は示したものの、具体的賃上げ額はもとより賃上げ実施の有無についてさえ、全逓側が省の回答が無ければストライキもやむをえないと強く回答を求めたにもかかわらず、前回同様回答を拒否した。
(六) 昭和四四年四月八日全逓は郵政省と賃金引上げに関し第四回目の団体交渉を行なつた。当時、民間企業においては前年の妥結額を上回る回答が示される情勢にあつたにもかかわらず、郵政省は一向に自主的に賃上げ額を示して回答を行なおうとしないため、全逓は、<1>消費者物価の上昇と実質賃金の低下<2>民間賃金、公務員賃金との較差<3>日本経済の成長と賃金の関係について詳細に説明主張し、併せて郵政省が賃上げ問題を自主的に解決するための当事者能力をもつべきことを主張した。
しかし省側は、徒らに回答を引延ばすばかりであつた。
(七) 同年四月九日、全逓は郵政省と賃金引上げについて第五回目の団体交渉を行なつた。
全逓は従来郵政省が賃金引上げにつき一度として自主的交渉により解決しようとせず、公労委の調停にもち込み、最終的には仲裁裁定の提示に基づく解決をはかつてきたため、同年の賃上げについてはあくまで労使間の自主的交渉により解決するよう強く求め、資料を提出のうえ省側の見解をただした。
これに対し郵政省は、消費者物価の上昇の事実及び郵政職員の給与を引上げるべき条件の整つていることは認めたものの、具体的回答は呈示しないまま交渉は終つた。
(八) 同年四月一一日、全逓は郵政省と賃金引上げについて第六回目の団体交渉を行なつた。郵政省から組合側質問に対する回答があつたが進展は見られなかつた。
(九) 同年四月一四日、全逓は郵政省と賃金引上げについて第七回目の団体交渉を行なつた。
全逓は、賃上げの時期、引上げ額の明示を要求したが、省側は賃上に努力したいと答えたのみで徒らに回答を引延ばすことに終始した。
(一〇) 同年四月一五日、全逓は郵政省と賃金引上げについて第八回目の団体交渉を行なつた。前回同様、省側は徒らに回答を引延ばすことに終始し、交渉は進展しなかつた。
(一一) 同年四月一六日、全逓は郵政省と賃金引上げについて第九回目の団体交渉を行なつた。
まず全逓側から具体的賃上げ額を回答するよう要求したのに対し、省側は当初民間賃金が五パーセントを下まわらないところで決まることが予想されるので、これをふまえて努力する旨の回答を示したが、組合側から郵政省は一方では民間の回答状況が五三〇〇円になつているといいながら五パーセントでは二二五〇円にしかならないし、前年の仲裁裁定にも程遠い数字であることを指摘して五パーセントの根拠を追求したところ、右は実際には民間賃金の動向ではなく政府の一般公務員に対する予算措置の数字(五パーセント)を基礎にしたものであることが明らかとなり、省側回答が不誠意極まるものであることが判明した。
また、省側は「官房長官から調停段階で決着をつけるようにせよとの要請があり、各当局から具体的回答をせよということではなかつた。」と自主的解決の意図のないことを言明する等、交渉の進展は望みうべくもなかつたため、全逓はこのような省側の態度は納得できないので省側の反省を求めるため翌一七日ストライキに入ることを通告し交渉を終えた。
(一二) 同年四月一七日、全逓は大幅賃上げ、時短・合理化に関する九項目要求等につき、省側の不誠意な態度に抗議し誠意ある回答を求めて、全国二二拠点において三時間の時限ストライキを実施した。
(一三) 同年四月一八日、全逓は郵政省と賃金引上げに関する第一〇回目の団体交渉を行なつた。
賃金について一般国家公務員、民間との比較について論議が重ねられたが交渉は進展しなかつた。
(一四) 同年四月一九日、全逓は郵政省と賃金引上げに関する第一一回目の団体交渉を行なつた。
全逓側は交渉の具体的進展がなく、五パーセントというような不誠意な回答では四月二四日に予定しているストライキも避けられない旨主張して省側の具体的回答を求めたが、郵政省はなお回答の引延ばしを図る態度に終始した。
そこで交渉を継続しても問題解決の見込がないため、全逓は公労委へ調停申請を行なう旨言明し交渉は決裂した。
(一五) 同年四月二〇日、全逓は右賃金引上げ問題につき、公労委へ調停申請をなした。
(一六) 同年四月二一日、全逓は時短および合理化に対する九項目の統一基本要求につき郵政省と団体交渉を行ない、省側回答を具体的に明らかにさせるための質疑を行なつたが、省側はこれに対して具体的説明をなさないまま終始した。
そこで全逓は同月二二日に省側の意思統一を行なつたうえ再回答を行なうよう求め右交渉は終つた。
しかしながら、郵政省は同月二二日に至るも再回答の日時を明示することができないという回答をするのみで、交渉を引延ばすという不誠意な態度に終始した。
(一七) 同年四月二二日、公労委において賃金引上げに関する第一回事情聴取が行なわれた。
この事情聴取の中で郵政省は賃上げ額については五月上旬まで回答できないと相変らず回答の引延ばしに終始したため、調停委員会は郵政省より具体的回答があるまで事情聴取は開かないとして第一回の事情聴取を終結した。
(一八) このように、賃金引上げ、時短、合理化に対する九項目要求等のいずれの要求についても省側には全く誠意が見られず、事態の進展がえられないため、全逓は郵政省に対し再度誠意ある回答を求め局面の打開をはかるため、同年四月二四日全国二一拠点において半日ストライキを実施した。これが本件ストである。
(一九) 本件スト実施後も、郵政省は有額回答を行なわなかつたため、全逓は同年五月二日、他の公労協加盟組合とともに一日ストライキを計画した。
右ストライキを目前に控えた同年五月一日、公労委において賃金引上げに関する事情聴取が行なわれ、翌五月二日の未明に定昇を含めて公労協平均六五〇〇円程度のいわゆる調停委員長見解が示されたが、全逓はこれを拒否し、調停は不調となつた。しかし直ちに調停委員会の決議で職権により仲裁に移行せしめられ、結局、右調停委員長見解と同内容の仲裁裁定がなされた。仲裁裁定に移行したことにより、全逓は同年五月二日に予定した一日ストライキは中止した。
ちなみに、全逓組合員の平均賃上げ額はベースアツプ分が四六三三円(一〇・二パーセント)、定昇額込で六三三六円(一三・九五パーセント)であつた。
なお、合理化、時短問題については、交渉継続とし、以後長期間にわたり交渉を行なつた。
4 本件ストを必要とした背景
本件ストは次に述べるような必要性を背景に実施された。
それは要するにストライキ禁止の代償措置としての公労委の機能が全く不完全であつて、公労協に加盟する労働組合が、賃上げに関する要求を幾分なりとも実現するためにはストライキに訴えざるをえない、あるいはえなかつたという事実である。
(一) 政府は公労法施行後昭和三二年に至つてはじめて仲裁裁定の完全実施を行なつたものであつて、その間は公労法一六条の規定を楯に資金不足を口実として仲裁裁定の完全実施を怠つた。
そのため公労協加盟組合は仲裁裁定の完全実施を求めて様々な実力闘争を行ない、その結果、昭和三二年に至りようやく賃上げに関する仲裁裁定が完全実施され、さらに昭和三六年には一応政府としても仲裁裁定の完全実施を認めざるをえなくなつた。
このような歴史的経過から明らかなように、まず仲裁裁定を履行させるために全逓をはじめとする公労協はストライキを実施せざるをえなかつたのである。すなわち、ストライキ禁止の代償措置としての仲裁裁定は、その当初から、使用者側によつて無視され、労働組合はこれを履行させるために実力行使をせざるをえない状況に追い込まれたのである。
(二) 昭和三六年以降政府は一応賃金引上げに関する公労委の仲裁裁定を履行したが、その仲裁裁定自体が非常に低く、民間賃金との格差はますます拡がつて行つた。
昭和三九年の賃上げ要求に関する公労協のストライキを背景として、太田(総評議長)、池田(首相)会談がもたれ、その結果、いわゆる官民の賃金格差を是正するよう政府として努力することが約束された。いうまでもなく公共企業体の労働者の労働条件などは公労法によつて労使の団体交渉事項と明定されているのであるから、郵政省はその責任において、賃金引上げ要求に対して具体的回答をなすべきが当然である。
しかしながら、郵政省は全逓との団体交渉において具体的回答を全くなさず、労使間の自主交渉において問題を解決しようとの態度をとらないため、賃金引上げに関してはすべて、公労委の仲裁裁定により実施されてきた。
公労委においても公共企業体労働者の賃金は一応民間に準拠するという考え方がとられたが、その実際の内容は極めて不満足なものであつた。
それは、一つには民間準拠という場合に準拠すべき民間賃金の選択をめぐつて以後労使間に紛争が残り、使用者側が自主交渉において有額回答を出さないため、公労委の仲裁裁定においても、労働組合が参画しないまま一方的に政府が認定した低額の民間賃金水準を基準として、より低額の裁定がなされるという状況が続いているからである。しかも、仲裁裁定を行なう公労委の公益委員の任命方法(公労法二〇条)は、労組法における労働委員会の公益委員の選任方法(労組法一九条七項)と著しく異なり、その制度の根幹をなすべき中立性が全く担保されていない。
現実に、公労委の調停委員会は政府が許容しうる限度までしか調停案を作成することができず、労働組合側が、のみ難いけれどもやむをえないというような、まずまずの調停案が出されたことさえ一度もないのである。
このような状況であるから公労委における調停は当初から不調になることが予定されており、仲裁に移行するための単なる一段階にすぎないのが実情である。
したがつて、仲裁裁定にできるだけ労働組合の要求を反映させるためには、まず自主交渉段階で当局に少しでも高い有額回答を出させること、少なくとも労働組合側の参加しうる調停段階で少しでも高い有額回答を出させ、仲裁裁定の足がかりを確保する必要性があるのである。
このように自主交渉段階において、あるいは調停段階において、当局に少しでも高い有額回答を行なわせるため、労働組合側は不本意ながらストライキを行なわざるをえないのである。
昭和四四年の賃上げに関しては、郵政省当局は自主交渉段階においても調停段階においても有額回答を全く行なわず、不誠意な態度に終始し、仲裁裁定による安易な解決方法を採ろうとしたため、全逓は労使間の自主交渉により少しでも高い有額回答をえて仲裁裁定の足がかりを確保する必要から、やむなく本件ストを背景にして郵政省に有額回答を求めたものであり、このような状況においてはストライキに訴える以外に採りうる道は無かつたといわねばならない。
(三) 郵政省は全逓の賃上げ要求に関し、昭和四四年までは全く有額回答をしないまま終始したが、昭和四五年以降は全逓のストライキを含む闘いによりようやく一応有額回答をなすようになつた。これはストライキを背景とした労働組合の闘いこそが、自主交渉の実質化を促進したことを証明するものである。しかし、以後も賃金引上げについては準拠すべき民間賃金について労使間に紛争が続いている。すなわち、全逓は、同規模企業との比較という観点から一〇〇〇人以上の規模の事業所を基準とすべき旨主張しているのに対し、郵政省・政府側は賃金を抑えるため一〇〇人以上の事業所を基準として主張するのである。しかも公労委の仲裁裁定は郵政省・政府側の資料に基づいてなされる結果、公共企業体労働者の賃金引上げは低額に抑えられ、いわゆる官民格差は一向に解消されない実情にある。
加えて、公労委は郵政省において特有の保険業務従事者の募集手当を一般職員の平均賃金算出につき、含めて計算するなど、官民格差が一層大きくなる要因となつている。
したがつて全逓は今日に至るまで、賃金引上げに関しては右格差が是正されるような回答を求めてストライキを行なわざるをえないのである。
5 本件ストの状況
(一) 本件ストの実施状況
(1) 太秦郵便局における本件ストは、全逓中央闘争委員会の指令による全国的ストライキの一部としてなされたものである。同局を拠点に指定したのは中央闘争委員会の一方的指令であり、原告ら太秦分会の組合員らがスト拠点に指令することを要請したことによるものではない。
(2) ストライキは、中央本部の指令により京都地区本部の石坪副委員長を責任者とし、同地区本部執行委員らが同局に臨んで実施したものであり、原告らは、その指示に従い当日午前中勤務につかなかつただけのことである。被告は、ストライキ前日及び当日の同局において業務妨害等の行動のあつたことを本件ストの一般的事情の一つとして述べるが、これらは、すべて原告らの意思とは無関係に同地区本部の責任においてなされたことであり、本件処分の違法性を論ずるについて何の意味ももたない。
(3) なお、原告川辺に対しては、特に本件スト実施を共謀したものとして他の原告よりも格段に重い処分に付されているが、共謀の事実はない。
被告は、原告川辺の共謀の事実を推認せしめる根拠たる間接事実として、
<1> 太秦局分会は、昭和四四年四月一七日、同月一九日、同月二一日及び同月二三日の昼休みに同局中庭で職場集会を開き、「本件ストライキの実施に関する報告や討議」を行なつたが、このうち同月一七日を除く集会に「分会長として」参加していたこと
<2> 同月二一日京都地区本部のある中京郵便局において「本件ストライキに関する組合の会議」に出席したこと
<3> 本件スト実施直後に、「分会長名義により」ストライキの成果を誇示する掲示物を同局内組合掲示板に掲げたことを挙示する。
しかし、第一に、右事実はいずれも事実ではないうえに、たとえ事実としても共謀の事実を推認せしめるものということはできない。第二に、これらの事実を総合してみても共謀の事実を推認せしめるに足りない。
すなわち、まず、<1>の事実については、職場集会が開かれ、原告川辺がこれらの集会(同月一七日は除く。)に分会長という立場で出席していたことは事実であるとしても、これら集会はいずれもストライキの拠点指定以前のことであつて、中央本部の指令により全逓の全国のあらゆる職場で開かれていたものの一つにすぎず、また、原告川辺は分会長とはいえ、拠点指令には全く関与していなかつたことが明らかであるから、これら集会に参加していたからといつて共謀の事実が推認できるものではない。
<2>の事実については、これを認めるに足る立証がなされていない。
また、<3>の事実については、右掲示物は「洛西支部執行部」名義のものであつて、分会長は「執行部」の構成員ではないから、その掲示内容とは直接関係がない。右掲示物の見出しの横には「太秦分会長川辺尚」なる記載があるが、これは当局からの掲示板の掲示許可が分会長宛になされていることから、この掲示板に貼るあらゆる掲示物には分会長が掲示について承認したことを意味する署名または押印が当局側から要求されており、その意味でなした記載にすぎず、その内容と何らかの関係があるわけではない。したがつて、右掲示物をもつて原告川辺の共謀の事実を推認することはできない。
(二) 本件ストによる業務阻害状況
被告は本件ストライキによる業務阻害を主張するが、国民など利用者に及ぼした影響は微少なものにすぎなかつたというべきである。
これを具体的に述べると、まず、郵便、貯金、簡易保険などに関する窓口業務は、他局からの非組合員の応援により支障なくなされたばかりか、ストライキに入つたのは同局だけであり、同局近辺には、他にも特定郵便局などがあり、利用者にとつては、特に支障があつたとは認められない。郵便の集配業務は、午前中のいわゆる一号便の通常配達は、大部分の集配区でなされない結果となつたが、そのほとんどすべてが組合員によつて午後の二号便の通常配達の際に配達されており、若干の遅延が生じたにとどまつた。貯金、簡易保険等の募集、集金等の業務も午前中はほとんどなされない結果となつたが、これらも、午後からの作業でほとんど処理され、利用者には、実際上全く迷惑をかけることがなかつた。その他の業務の阻害はほとんどとるに足りないものである。
以上に述べた程度の業務の遅延は、繁忙期などにはしばしば生ずるものであり、郵便事業の利用者も通常生じうる遅延として予期している範囲内のものにとどまつているということができる。
6 本件懲戒処分による不利益の重大性
(一) 原告らに対する減給処分は、俸給の月額の一〇分の一の額を原告川辺尚については一〇か月間、原告谷本岩夫を除くその余の原告については一か月間減額するという厳しい制裁処分であり、原告谷本岩夫に対する戒告処分は書面をもつてその非を戒める制裁処分であるが、いずれの処分も当該制裁にとどまらず、一生涯に及ぶ重大な身分的・経済的不利益を伴うものである。
(二) すなわち、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法、公労法に基づき郵政省と全逓間で締結された「昭和三〇年四月一日以降の俸給制度に関する協約」(以下「俸給制度協約」という。―なお、特に指摘しない限り協定等は郵政省と全逓間に締結されたものである。)によれば、郵政省においては、毎年一定の欠格事由に該当しないかぎり、四月一日に俸給表の四号棒の定期昇給がなされることになつている(七条)。
しかしながら、減給四か月以上の懲戒処分をうけた職員については、二号俸分が、戒告以上減給三か月迄の懲戒処分をうけた職員については一号俸分が昇給延伸となる(昇給の欠格基準に関する協約)。
右協約に基づいて、原告らはいずれも昭和四五年四月一日付の定期昇給において二号俸ないし一号俸の昇給が延伸された。このようにして延伸された昇給については回復措置が定められていないため郵政省に勤務する間継続することとなる。
また、右昇給延伸は、基本給に一定の支給率を乗じて算出される夏期・年末・年度末の各手当及び寒冷地手当、超過勤務手当・夜勤手当・祝日給に影響し、さらに、退職金についてもその支給額を本来のうべかりし支給額よりも著しく減額させることになる。
のみならず、国家公務員共済組合法により支給される年金についても、昇給延伸は影響し、本来うべかりし支給額を減じられることになる。
このように、本件懲戒処分による経済的損失は文字どおり死ぬまで継続するのである。
(三) さらに、俸給制度協約八条、九条及び「昭和三〇年四月一日以降の俸給制度に関する協約の一部改正に関する協約」の実施に関する覚書、昇格の特例措置等に関する覚書によれば、三級に属する新高卒の職員は遅くとも一〇月一日現在において勤続年数一六年を経過した場合、一定の保留要件に該当しないかぎり、二級へ昇格するものとされ、また、二級に属する職員は永年勤続により大臣表彰をうけた場合(勤続三〇年を経過した場合)は一定の保留要件に該当しないかぎり一級へ昇格するものとされており(いわゆる自動昇格)、右はいずれも最低の昇格基準である(最も早く昇格できる基準は新高卒職員の場合は二級が勤続五年以上、一級が二級在職四年以上、特級が一級在職四年以上である。俸給制度協約八条)。
このように三級から二級へ昇格した場合は月額一八〇〇円が、二級から一級へ昇格した場合には月額四八〇〇円が支給されることになつているが、減給処分を受けた職員については二年間、戒告処分を受けた職員については一年間昇格が遅れることとされている。
また、郵政省においては主任・主事・課長代理等の役付及び副課長以上の管理職への昇任があり、役職者については所定の俸給調整額が支給されるものであるが、懲戒処分を受けた職員については昇任にあたつて著しく不利益に取扱われる。
いわゆる郵政マル生といわれる郵政省の全逓に対する組織攻撃において、全逓組合員については主任、主事に昇任させず、全郵政なる第二組合員のみを昇任させることにより全逓組合員の大量の切崩しを図つた歴史的経過からみても明らかなように、昇格・昇任における不利益扱いによつて職員の蒙る影響は少なからぬものがある。
そして、これらの影響は、基本給同様、各種手当、退職金年金にまで影響を及ぼすのである。
(四) 原告らが、本件懲戒処分によつて蒙つた損失を、本件懲戒処分当時二〇歳代の者から原告四辻義治、三〇歳代の者から原告井口健一、四〇歳代の者から原告佐々木てるを取り出してその具体的な金額を示すと、別表二ないし四の各損失額合計欄記載の金額となる。なお、右金額には計算困難な時間外手当等の諸手当及び年金並びに昇任・昇格に伴う損失を含んでいないので、これらを考慮すれば原告らの本件懲戒処分による損失は同金額を上廻る。
すなわち、本件処分により原告らのうけた損失は重大かつ深刻なものがあつた。
7 ストライキ一般参加者に対する処分状況の推移について
(一) 組合活動に対する懲戒処分は、昭和二九年から行なわれているが、ストライキ(当時は職場大会と呼称していた。)に対するものは、昭和三三年春闘に対するものがはじめてである。
この時の二時間の職場大会に対する処分は、一時間以上二時間までの参加者については訓告、二時間以上の参加者については戒告であつた。
(二) この基準は昭和三六年まで継続されていたが、同年の春闘直前に、郵政省は次のように処分基準を引上げた。
イ ストライキ(このときの春闘から呼称するようになつた。)一般参加者は、一時間までは戒告、二時間以上は減給とする。
ロ たとえ、五九分ないし一時間五九分まででストライキを終つても、一時間ないし二時間とみなし、戒告あるいは減給とする。
ハ ストライキを呼称する場合は、それぞれ一段階処分基準を引上げる。
このように引上げられた処分基準によつて処分された最初の事例が昭和三六年春闘の電通合理化反対闘争に対するものであつた。
(三) この処分基準は昭和四八年まで継続されたが、全逓をはじめとする公労協労働者のスト権奪還闘争の前進により、全逓は同年年末闘争において、いわゆる処分の段落しをかちとつた。その結果、ストライキ一般参加者の処分は、ほとんどが訓告となり、特殊な場合(長時間の参加、指導的役割、組合役職など)のみ戒告あるいは減給となつた。その後、参加時間は問題ではなく、指導的役割及び暴力的行為等の事由が処分量定を左右するようになつた。
このいわゆる処分の段落しは、昭和四九年春闘から昭和五〇年春闘及びスト権ストに対する一括処分としての三・一六処分(昭和五一年三月一六日付)において明確になり、一般参加者は二万四〇〇〇名余りが戒告処分を受け、一四万二〇〇〇名余りが訓告とされている。
それ以来今日まで、この処分基準が継続されている。
(四) 本件懲戒処分は、右の経過のなかで、最も重い処分基準を適用してなされたものである。
(五) 国労、動労の場合、いわゆる処分の段落しの契機となつたのは、ILO結社の自由委員会第一三三次報告(一九七二年一一月六日から一七日、ILO一八八回理事会承認)である。
すなわち、ILOは懲戒処分の過酷さについての右両組合の申立に対し、「日本政府に対し、制裁の適用における非弾力的な態度は、労使関係の調和的発展に資するものではなく、特にこのような状態は、労働者間に永久的な賃金格差をもたらすような懲戒処分の結果、生じうることを再度指摘すること」との勧告を行なつた。これをうけて両労組は、当局との団交を行ない、昭和四七年の処分から処分の段落しが行なわれたのである。
(六) 全電通の場合もほぼ同じ時期に処分の軽減化が行なわれている。
第三証拠<省略>
理由
一 争いのない事実
請求原因1(原・被告の地位)、同2(本件懲戒処分とその理由)及び原告らが昭和四四年四月二四日本件ストに参加して別表一記載の時間欠務したことについては当事者間に争いがない。
二 本件ストについて(前提事実関係)
前記当事者間に争いがない事実に成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第五ないし一三号証、乙第四ないし一〇号証、第一二号証、第一四、一五号証の各一、二、第一六号証の一ないし三、第一七、一八号証、証人川勝英一の証言により成立を認めうる甲第四号証、乙第一ないし三号証、第一三号証、証人川島末雄の証言により本件ストの実施状況を撮影した写真であると認めうる乙第一一号証、証人川勝英一、同竹内芳太郎、同石井平治、同川島末雄の各証言、原告川辺尚、同四辻義治、同角野康夫各本人尋問の結果(いずれも後記認定に反する部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告らは、いずれも、昭和四四年ごろ、太秦郵便局(昭和五三年四月一〇日京都西郵便局と改称)に勤務する職員で、別表一記載のとおり、別紙当事者目録(一)、(三)、(九)ないし(二〇)、(四五)記載の原告が右郵便局の保険課、同目録(二)、(四)、(五)、(三二)ないし(四四)、(四八)記載の原告が同郵便課、同目録(六)ないし(八)記載の原告が同庶務会計課、同目録(二一)ないし(三一)、(四六)、(四七)記載の原告が同貯金課にそれぞれ所属して郵政省の行なう郵政事業に従事し、かつ、洛西支部の組合員であつた(別紙当事者目録(二九)の原告川村庄三郎は昭和四七年三月二一日、同目録(四二)の原告広野務は同年二月二五日に各退職した。)。
2 全逓は、昭和四四年二月、中央委員会を開き、昭和四四年春期闘争の目標として、大幅賃金引上げ、労働時間短縮、機械化、合理化に対する闘い、簡易局改正法案粉砕を掲げ、この目標を貫徹するためストライキを含む強力な戦術を展開することを決定し、全逓中央本部は、右決定等に基づき指令一六号ないし二一号をもつて、下部機関に対し、組織体制を再点検してストライキを含むいかなる戦術にも即応できる体制を確立すること等を指令し、各職場におけるストライキ突入体制の確立に力を注ぐとともに、併せて四月一四日以降労基法三六条に基づくいわゆる三六協定締結拒否戦術と業務規制闘争等を強化し、次いで、四月一六日には指令二二号をもつて、「四月一七日別途指定する局所において、三時間のストライキに突入すること、併せて同月二四日にもストライキに突入しうる体制を確立すること」を指令し、郵政大臣等の厳重な警告にもかかわらず、同月一七日全国二二か所の拠点局において三時間のストライキを実施した。
3 次いで全逓中央本部は、四月二二日、指令二三号をもつて、「四月二四日別途指定する局所において、半日ストライキに突入せよ。」との指令を発し、かつ、そのころ太秦郵便局をいわゆる拠点局と指定した。
4 これに対し郵政大臣は、四月二三日全逓中央執行委員長に対し、組合が再び計画している四月二四日のストライキを含む違法な戦術の実施を即刻中止するよう厳重に申し入れるとともに、万一違法な事態の発生をみた場合には、厳正な処分をもつて臨むものである旨の警告を発して、組合の反省自重を重ねて促し、被告においても四月二一日、全逓の下部機関で太秦、右京、向日町、山崎局の全逓組合員をもつて組織された洛西支部の支部長並びに同支部太秦郵便局分会長に対し、違法なストライキを実施しないこと、万一決行したときは厳正な処分をもつて臨む旨の警告書を手交して警告し、さらに、四月二二日「職員の皆さんに訴える。」と題し、「全逓は四月二四日ストライキの準備を指令しているようであるが、ストライキが実施されても絶対に参加しないこと、万一参加した場合は、法に照らして厳正な処分をする。」という内容の警告書を掲示して職員全員に対して警告したが、本件ストは再三に亘る右警告を無視して四月二四日後記のような態様のもとに敢行された。
5 四月二三日午後二時ごろから午後三時過ぎごろまでの間、太秦郵便局において、全逓京都地区本部執行委員の指示のもとに、他局からの動員者約五〇名及び白ヘルメツトを着用し応援に動員された全電通労組員約五〇名の者は、太秦郵便局管理者らの制止を無視して、局舎内に乱入し、同局一階ホール正面や階段に坐り込みを行ない、さらに同日午後三時ごろから午後九時三〇分ごろまでの間、右動員者の一部の者及び全逓京都地区本部並びに洛西支部の役員の一部の者らは、同局管理者らの阻止するのを突破して事務室内に侵入するなどし、当日勤務の終了した全逓組合員らを待ちうけ、そのうちストライキ不参加の意思表示をしている者を多数で取り囲んでストライキに参加するよう説得し、これに応じないとみるやこれらの者(その中には机にしがみつき、あるいは階段の手すりにつかまるなどして大声で「参加しない」と叫んだ者もいる。)の腕を取つたり、あるいは抱えるなどして強引に局舎外に連れ出し、本件ストに参加させるなどの目的で待機させていたバスに誘導して亀岡市内の旅館に連れ込んだ。
6 翌二四日早朝から太秦郵便局において、全電通労組・国鉄労組・京都交通労組・京都教組などから動員された約三〇〇名の組合員が同局前にピケを張り、管理者及び就労のため入局しようとする職員の入局を物理的に阻止し、同局に勤務する原告らを含む九四名の職員が、始業時から二時間五五分ないし三時間五六分の間、欠務して本件ストが敢行された。
7 本件ストにより、太秦郵便局における当日の郵便、貯金、保険等の業務は、被告主張のとおり、同局の管理職員、非常勤就労者、他局からの派遣職員により一部処理されたものの、その処理に停滞をきたし、特に郵便物の配達物数において七、〇〇〇余の未処理を生ずるなどの被害を受けた。
以上のとおり認めることができ、右認定に反する前記証言及び本人尋問の結果は措信しがたく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
三 公労法一七条の合憲性
原告らは、公共企業体等職員の争議行為を全面・一律に禁止している公労法一七条は憲法二八条に違反すると主張するが、公労法一七条が合憲であることは最高裁判所の判例(最高裁昭和四八年四月二五日大法廷判決、刑集二七巻四号五四七頁、最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決、刑集三一巻三号一八二頁)の明示するところであつて、当裁判所も右判例を相当と解するから、原告らの右主張は採用しえない。
四 本件懲戒処分の適法性
1 原告らは、本件懲戒処分は労組法七条一号において禁止されている不当労働行為に該当する旨主張するところ、公労法二条一項二号イの事業を行なう国の経営する企業に勤務する一般職の国家公務員(同条二項二号参照、以下単に「現業公務員」という。)である原告らには労組法七条が適用され(公労法四〇条一項一号参照)、不当労働行為該当の瑕疵は、行政処分である不利益処分の法律上の効力に影響を及ぼすが、右瑕疵が重大かつ明白といえないかぎり取消原因にとどまり、不利益処分に不服のある者は直ちに右処分に対する取消訴訟を提起することができるから、本件懲戒処分がなされた昭和四四年五月一〇日及び同年六月二一日から行訴法一四条所定の出訴期間を徒過したことが明らかな本訴においては、不当労働行為該当を本件懲戒処分の取消事由として主張することは許されないというべきである。
2 原告らは、本件ストが公労法一七条で禁止された争議行為に該当しないと主張するところ、右主張の前提となる公労法が国民生活全体の保障の見地から国民生活に重大な障害をもたらす争議行為のみを禁止したとする限定解釈が採用しえないことは既に三において引用した最高裁判所の判例の示すとおりであり、かつ、二においてみたように、本件ストは、昭和四四年二月の全逓中央委員会において決定された昭和四四年春期闘争の目標に基づいて、まず同年四月一七日に全国二二か所の拠点局において三時間のストライキが実施された後、さらに四月二四日になされたもので、太秦郵便局所属の全逓組合員の大半の郵政職員がこれに参加し、同日の始業時から二時間五五分ないし三時間五六分という短時間の単純な不就労行為で、その影響も翌日中には解消したものであるとはいえ、全逓中央本部からの指令に基づくいわばスケジユール闘争ともいうべきストライキであり、その規模・態様からも公労法一七条において禁止された争議行為に該当することは明らかというべきである。
3 本件ストは公労法一七条に違反する争議行為であると認められるところ、前掲各証拠によれば、昭和四四年二月に全逓中央委員会は、昭和四四年春期闘争の目標について決定し、全逓中央本部は右決定に基づき指令をもつて各職場におけるストライキ突入体制の確立をしたうえ、郵政大臣等の再三の警告にもかかわらず、同年四月一七日全国二二か所の拠点局で三時間のストライキを実施し、さらに四月二四日本件ストを実施することになつていたこと、そこで被告は、これに対処すべく同月二一日洛西支部の支部長並びに同支部太秦郵便局分会長に対し違法なストライキを実施しないこと、万一決行したときは厳重な処分をもつて臨む旨の警告書を手交して警告し、同月二二日には、職員全員に対し本件ストが実施されても参加しないこと、万一参加した場合には、法に照らして厳正な処分をする旨の警告書を掲示して警告し、また、各職員に本件スト予定日における就労意思を確認し、就労しない旨表明した職員に対しては口頭で就労するようにとの業務命令を伝達していたにもかかわらず、本件ストが指令どおり行なわれたことが認められるから、原告らのこのような警告違反の行為は、法令遵守義務を定めた国公法九八条一項、信用失墜行為避止義務を定めた同法九九条、職務専念義務を定めた同法一〇一条一項等に違反したものとして、同法八二条一号に該当し、懲戒処分の対象とされることを免れないと解すべきである。
公労法三条一項は公共企業体等の職員に関する労働関係については、公労法の定めるところにより、同法に定めのないものについてのみ労組法の定めるところによるべきものとされ、労組法七条一号本文の適用を除外していないが、右は、右職員の争議行為以外の組合活動については公労法に定めがないため、労組法の右規定を適用してその正当なものに対する不利益な取扱を禁止する趣旨であり、右職員の争議行為については公労法一七条一項に一切の行為を禁止する旨の定めがあるから、その争議行為についてさらに労組法七条一号本文を適用する余地はないというべきである。
また、労働者の争議行為は集団行為であるが、その集団性の故に、参加者個人の行為としての面が当然に失われるものではないから、違法な争議行為に参加して服務上の規律に違反した原告らが懲戒責任を免れえないのも当然というべきである。
4 最後に、本件懲戒処分が裁量権の濫用にあたるかどうかにつき判断する。
前掲各証拠に、証人石井平治の証言により成立を認める甲第一四、一五号証、原告川辺尚本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一六号証、原告角野康夫本人尋問の結果により成立を認めうる甲第一七号証によれば、本件懲戒処分は、原告川辺尚(別紙当事者目録(一))については減給一〇月間俸給の月額一〇分の一、原告谷本岩夫(同目録(四八))については戒告、その余の原告(同目録(二)ないし(四七))については減給一月間俸給の月額一〇分の一を内容とするところ、右処分が定期昇給、昇格、特別加給等の賃金上の不利益のほか、賃金を基礎として算出される退職手当、退職一時金等の共済組合の長期給付、出産費、配偶者出産費等の同短期給付、業務災害における災害補償等の算定に影響を及ぼす不利益処分であり、損失額計算書(甲第一四号証、第一六、第一七号証)に試算される損失額が原告らに生じることが明らかであり、右制裁内容は必ずしも軽微なものとはいえないうえ、昭和四八年以降のストライキの一般参加者のほとんどが訓告となり懲戒処分がなされていないことから、原告らにおいて、本件懲戒処分における処分基準が重いとの不平等感を有していることが認められるが、他方、証人石井平治の証言及び弁論の全趣旨によれば、スト参加者に対する処分のいわゆる段落しが問題とされた昭和四八年末当時は、公共企業体等における組合の違法ストライキをめぐつて労資関係のあり方が問題となるとともに、その正常化が社会的に強く要請されており、労資関係の正常化の確立のためには違法なストライキに対する処分のみによつて、その実効を期すことは困難であるとの政治的判断により、労資関係正常化促進の一環として、郵政省においても、処分の量定を特に軽減することにしたものであり、従来の処分が過重であるとの判断に基づくものではなかつたこと、本件ストが郵政省当局の一応の回答がなされ、公労委が調停委員会を発足させ、昭和四四年四月二二日調停作業を行なつているにもかかわらず、全逓のスケジユール闘争の一環としてなされたことが認められる。
さらに、前掲各証拠によれば、次の事実が認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。
(一) 全逓は組合規約上、中央本部、地方本部、地区本部、支部により構成されるが、支部中に各課ごとに分会が設置され、分会は、規約上の組織ではないものの、支部と組合員間の潤滑油的役割を果たす末端組織とされており、分会長は、規約上の役員ではなく業務執行責任や独自の判断に基づく指導はなしえないが、分会長会議等において分会を代表するものとされ、連絡役員及び支部の補佐員としての性格をもつものとして単なる組合員とは区別されている。
(二) 郵政省と全逓との間に認められる組合休暇の制度の対象となる諸会議に、本件スト当時既に分会長会議が含まれている。
(三) 本件スト直前の四月二一日に被告から太秦郵便局分会長の原告川辺尚に警告書が手交されている。
(四) 原告川辺尚は、本件スト直前の数日間拠点局とされた太秦郵便局分会長として支部書記長三谷盛之とともに全逓京都地区本部に出入りしていた。
(五) 原告川辺尚は、太秦郵便局分会が四月一七日、一九日、二一日及び二三日の昼休みに太秦郵便局中庭で無許可集会を開いたが、そのうち一七日を除く集会にいずれも出席していた。
(六) 本件スト直後、組合掲示板に分会長である原告川辺尚名義で右ストについての掲示文が掲載された。
右認定事実によれば、原告川辺尚は、全逓太秦郵便局分会長として一般組合員を代表してきたものであり、本件ストに際し独自の判断権限はなかつたものの、一般組合員に対し指導的役割を果たしており、また、懲戒処分における裁量権の行使が濫用というためには社会観念上著しく妥当性を欠くことを要するというべきところ、本件ストの性質・態様・影響等諸般の事情にかんがみれば、原告川辺尚に対してはもとより、その余の原告らに対しても、本件懲戒処分について裁量権の濫用があるとは断じ難いところである。
五 結論
以上によれば本件懲戒処分は適法というべきであり、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田坂友男 東畑良雄 岡原剛)
(別紙、別表省略)